三. 光の姫
「シ、シエル……?」
闇色の瞳をしたシエルが身を起こす。
ライオンの上から離れ、シェルは狂ったように笑いだす。
「ホロビロ、ホロビロ、ホロビロ──‼︎」
「きゃあああッ⁉︎」
「うわぁぁぁッッ⁉︎」
耳障りな声がする。
「……ん……」
赤い瞳を浅く開き、ヒビキは瞬きする。
「うわぁぁぁああッ⁉︎ た、助けてぇッ‼︎?」
飛び起き、ヒビキは辺りを見回す。
青いバラに囲まれた円形スペース……
「公園の青バラ細……?
ちょ、待てなんでオレー……?
とっさに、ここにテレポートしたのか……?」
影がヒビキに降る。見上げると、暗緑色の翼の生えた蛇のような暗獣がいる。
ヒビキの赤い目が大きくなる。
迫る暗獣。
それを切り裂く、白い獣。
ホワイトタイガー。
「……⁉︎ な、なんだよ、これ⁉︎」
ホワイトタイガーに暗獣を仕留めさせ、ヒビキは辺りに目をやる。
悲鳴の渦巻く、街──……
空に地に溢れる暗獣。
血の匂いと、ブルーローズの甘い香り……
「……アンキが、暴走している……?
まさかオレが塔から落ちそうになったから……?」
大地が揺れる。
「なっ、地震……ッ⁉︎ まさか……!」
立っていられない!
ヒビキは地に伏せ──いや、倒れる。
……や、やめろ、ばか、アンキ!
オレは、ずっと、おまえのそばに……
「うわぁぁぁああっ⁉︎」
離宮が横倒しになる。
ラフガはライオンの姿のまま、大地に伏せている。
その体が宙に浮く。
翼を生やしたシエルがつまらなそうに揺れる大地を見下ろしている。
「あんたは、まだ、殺してやんない」
風に乗せ浮かせたラフガを連れ、シエルは王宮のほうへ飛ぶ。
王宮へ向け、シエルは手を伸ばす。
「モット、ユレロ。コワレロ」
「やめろ、アンキ‼︎」
ヒビキがテレポートで現れる。
揺れが引く。
王宮の庭に立ち、ヒビキがシエルを見上げている。
「オレもおまえも生きてる‼︎ 誰もおまえを殺そうとしていない‼︎」
シエルはラフガを地に下ろし、しかし自身は腕組んだまま空でヒビキを見下ろしたままだ。
「そんなん、どうでもいーし。
てゆーか、別に誰もあたしに生きて欲しいと思ってないでしょう?
それって、死んでんのと──殺されてんのと大差ないでしょ?」
「そんなことねーよ‼︎」
「殺さちゃえばよかったのに。あんたなんか、獏に殺されちゃえばよかったのよ!
そうしたら、そのままあたしはあんたを道連れに死ねた」
ヒビキの目が驚愕し、悲しげに揺れる。
「それが、君の望み……?」
「だって、あんた、あたしじゃないじゃん。
あたしのことなんて、結局はあたしにしかわかんないのよ!
あんたなんか召還するんじゃなかった……‼︎!」
「君は、死にたかったの……?
だって、オレは、こんなおかしな国を壊して、君と同じような生まれのラフガも、その勇者も倒して──。
それが君の望みだと思ったから……!」
「そうよ。それがあたしの望みの一つよ。
だけど、ヒビキさぁ。あんたさぁ。楽しんでたでしょ?
幻術使えて。勇者を倒すゲーム。
それはさ、あんたがさ、いつでも元の世界に帰れたからよ。
あんたはさぁ、速攻テレポートし自分で元の世界へ帰れる──脱出できる。そうよね。実際試してみたもんね。そんであたしが即座に召還し直したんだよね。
だからじゃん? あんたさぁ、あんたが勝ったらこのゲームから手を引く。負けても手を引くっていうかさぁ──つまりさぁ、獏に勝ったらあんたそれで満足してあたし置いて帰っちゃうつもりじゃん?
もし獏に殺されそうになったらさぁ、あんた逃げる気だったんじゃん?
あたし置いて逃げる気だったんじゃん。
負けたとき、あたしと一緒に死んでくれる──そんな気なかったんじゃん。
──そんなの、違うのよね。あたしの求めてた相手と違うのよね」
「…………」
ヒビキは俯く。
「図星でしょ?」
「……違うよ。まったくそうじゃないとは言い切れないけど……でも、獏を倒したら──ぼくは君と一緒に、この世界に残って、暮らしていこうと思ってた」
「どうやって? 具体的にはどうやって?
本当にずっと一生あたしと一緒にいられる計画立ててた?
違うよね。だとしても、面倒になったら、飽きたら、それまで──って奴?
あたしさぁ、そんな適当なご主人様に飼われても、嬉しくないのよね。
──そもそも、あたしはあんたのペットじゃねぇよッ‼︎!」
「……………………」
「あんたさぁ、死んでくんない?
あたしと一緒に、死んでくんない?
この世界ごと、死んでくんない?」
「…………」
「そういうのも、あたしの望みの一つよ。
だけど、あんたじゃ無理ね。
……だけどやっぱ、あんたじゃあたし満足できない。
それにさ、たぶんあたしにはあんた殺せないのよ」
「アンキ……?」
「だってさ、あたし、自分じゃ命断てないのよ?
あたしがあんたを殺ろとしてもそれは同じ。
暗獣やかまいたちなんかが現れでカードして、命護っちゃうのよ」
でも、それはさアンキ……。
ヒビキは心の中だけで言う。
本当に死ぬ気があるなら、食べなきゃいいんだ。眠らなきゃいいんだ。
そうすれば君だって死ねるはずだろう?
「他人があたし殺そうとしても同じよ‼︎
あたしは、死ねない‼︎ あたしより強い奴がいなきゃ──あたしは、死ねない……ッ‼︎!」
「どこにそんな奴がいるんだ……?
だって、オレじゃ嫌なんだろう?
オレの魔術に殺されるのは、嫌なんだろう?」
ヒビキはシエルのほうへ歩く。
「できもしないことを言うな‼︎ あんたそんな気ないじゃん!」
ヒビキは眉を下げ、寂しそうに笑う。
「誰ならいいの? 君は何を──誰を決めてるの?」
「──シエル‼︎」
それまで黙っていたラフガが口を開く。
「馴れ馴れしいわね、陽姫」
「オレは、おまえに違いに来たんだ‼︎」
「は?」
「オレは、ずっと、オレと生まれを同じようにしながら闇の姫と呼ばれるおまえを気にしてた!
だけど、闇姫の君には、オレは接触を取れなかった……。
君の国側も、オレの国側も、反対して近づけないようにしたからな。
だけど、オレが今回この国に来た真の目的は、闇姫──いや、シエル、君に逢っためだ‼︎」
接触を取ろうと……逢いたいと、思ったのだ。今度こそ。
「だから、あの青バラ畑に行ったんじゃないか──‼︎」
ヒビキの幻術。青バラ畑に誘いだした幻術。
「ヒビキ……?
あんた一体、このライオンにどんな幻術を……」
シエルはヒビキを見下ろす。
ヒビキは途惑ったように言う。
「オレは、ただ。この女の夢に、君の幻を見せただけだ。
昔いバラの中に立つを──……。
『ここに来なければ、おまえは死ぬ。誰にもこのことを言わず、たった一人で、誰にも知られぬように青いバラの畑に来い』
そんお感じのことを言わせて。そんで幻惑し……操って、青バラ畑に来させたんだ。
──オレ、そういう演出好きだし。陽姫の勇者を泳がせるためのシナリオのためにも」
「そうだったの。幻術の内容まではあたし知らなかったわ。ふーん?」「……別にオレはあのとき操られたわけじゃない。
自分の意思で、シエルに違いに行ったんだ」
強い意志があれば、幻術は効かないこともあるし──……そういったのは、獏だ。
「なのに、ヒデェぜ?
ケージの中にテレポートさせて、現れたのは、そんなガキー人。
シエルは一度も檻の中のオレに違いには来なかった……。
ちょっとオレ、オマエのこと嫌になったりもしたぞ、シエル」
「だってあたし、陽姫なんかに逢いたくないもん」
ラフガは笑う。
「そのガキの魔法の窓で、オレも何度かオマエや獏を見ていた。
ヒビキはスナオじゃないし──まぁ、オレもスナオじゃないが……。
獏は見ていてハガユイレ。
シエル──おまえは、性格ネジレすぎ。
オレが想像してたのとは違ったりもしたけど──……まぁなぁ、あんなふーに育てられたら、ネジレもするか。
オレとおまえが逆の立場だったら──オレがそうなってたかもしれんな」
「何が言いたいの?」
「シエル、おまえ、オレの国に来ないか?」
ヒビキが驚いたようにラフガを見る。
「オレと一緒に暮らそうぜ‼︎ もう誰にも闇姫なんで言わせない‼︎
シエルとして、オレの──そうだな、オレの妹して、城で暮らそう‼︎」
「…………今頃何言ってんの?
第一有り得ないわ。そんなこと、あんたの国が認めるわけないじゃん」
ラフガは首を傾げ上目遣いに唸る。
「むむむ……。そうかな?」
「あんたってノーテンキね。信じらんない」
「おう。ならば、いっそ、二人で旅にでも出るか!
それとも、どこか別な国に、二人で小さな家でも見つけて住むか!」
「……ばかじゃん。最低」
伏せていた目を、シエルは開く。
黒い目。
「あんたのそういうとこ、マジでムカツクわ。
陽姫のあんたにそんなこといわれて、あたしが喜ぶと思った?
あたりまえにセレブレイトローズをいくつもいくつももらえるようなあんたに……ッ‼︎」
シエルはラフガに向けて手を伸ばす。
「シンジャエ!」




