二. 滅びの姫と救いの勇者
シエルとラフガのケージがある場所。
そこは実は、シエルの離宮の地下室であった。
獏は少しも気づかなかったが、ヒビキはずっと、離宮の一室に寝泊まりし、とりあえずそこを拠点としていたのだ。
塔は、獏とのバトルフィールド用に都合のいい場所を見つけただけだ。
ケージの中、夢を見ていたシエルが、急に葡萄色の瞳を見開いた。
「い、嫌、嫌ぁぁぁぁぁぁあああッッッ‼︎!」
「お、おい?」
ラフガは慌てて檻の中、彼女のほうへ近づく。
「ヒビキ──‼︎」
塔の屋上の端で、獏は叫ぶ。
「ヒビキ……ッッ‼︎?」
かまいたちが、ケージを切り裂く。
落ちたケージだった物が、床に当たり耳障りな高音を立てる。
「お、おい‼︎ 闇姫──シエル……‼︎」
壁にも傷が走り始める。
「やめろ、ここは地下だ……‼︎ 崩れるぞ……‼︎」
どこからともなく暗緑色の翼ありし暗獣たちが現れ、階段へ──地上へ駆け出して、または飛んでゆく。
「シエル……!」
シエルはすでに気を失っている。
だが、かまいたちと暗獣の出現は止まらない。
ラフガは舌打ち、その場に四つん這いになり──ライオンへと姿を変える。
翼が生えるだけのシエルとは違い、完璧な獣の姿となる。
服は破れ、赤みがかった金色の毛並みに、濃い青い目。
すでにヒビキの幻術の拘束は消え、実際のケージもその役目を果たしていない。
シエルを乱暴にその背に乗せ、無理やり暗獣を押しのけ、階段を駆け上がる。
「ヒビキ……?」
階段を駆け下りた獏は、塔の外、ヒビキの姿を探す。
「ヒビキ……!」
「……はぁ。なんなんだよ」
ライオンの姿のまま人語で呟き、ラフガは空を仰ぐ。
シエルの召還した──否、しつづけている暗獣たちが、翼広げ、空を旋回し、或いはどこかへ向かっていく。
「──‼︎」
その場に伏せる。
かまいたちが頭上を駆け抜けていく。
「お、起きろ、シエル‼︎ と、止めろ……‼︎」
シエルはラフガの背の上で気絶したまま動かない。
窓の割れる音が走り抜ける。
離宮のほうから、甲高い悲鳴が聞こえてくる。
「ヤ、ヤべ!」
暗獣たちは、王宮のほうへ街のほうへ飛んでゆく。
「なんでだよ、シエル! せっかく、やっと、逢えたのに……‼︎」
「ヒビキ、ヒビキ……⁉︎」
ヒビキがどこにもいない。
「どこだよ、ヒビキ……?」
ブルーローズの幻は消えている。
そこには、雑草があるだけ──……
「テ、テレポートで、どこかへ行ったんだ、きっと、地面に微笑するまえに……。
ど、どこへ……?」
獏は塔を見上げ、街のほうへ目をやる。
「ヒ、ヒビキ……シエル……」
まなじりを決し、走り出す。
「とりあえず、離宮‼︎ たぶん、こっち──‼︎」
人々が罵りながら押し寄せる。
「災いの子」「闇姫」「おまえなぞ滅びよ」
イヤ、イヤダ……
「どうして生きてるんだ」「なぜ産まれてきた」
「滅びろ」「おまえが滅びろ」
イヤダ……
イヤダ! ホロビチマエ! コンナクニモ、コンナセカイモ、ミンナミンナ、ホロビチマエ──‼︎
……だって、優しい獏は帰ってしまうもの。
悪夢を食べてはくれないもの。
あたしは、独りで偽りの空しか飛べないもの。
ねぇ、ヒビキ。あんたはあたし。
そう、あたしだってほんとは今でも──いつもいつも思ってる。
すべてホロビテシマエ。
いい子になりたかった。
ブルーローズがもらえるいい子になりたかった。
有り得ない子どもなら。滅びの姫なら。
ねぇ、なんのために産まれてきたの?
でもね、ヒビキ。
あんたは国を歌う勇者。
あたしとは違くない?
むしろ、それって、あたしの敵?
ほんとはあんたさ、獏連れてあたし捨てて帰っちゃうんでしょ?
飽きたら、帰っちゃうんでしょう?
だってさ、あんたさ、命狙われるほど差別されてるわけじゃないんでしょ?
あたしと、違うじゃん。
『魂を同じくするなんていっても、所詮ぼくらは他人だった──そういうことだね』
その通りじゃん、
期待外れはあんたじゃん、ヒビキ。
あたしのためだけのブルーローズ。
そんなものは、どこにも有り得ない。
ブルーローズは咲かない。
陽姫は国を幸福に導く姫。獏は陽姫を救う勇者。
……なんでさ。あたしだけ。
闇の姫なの……?
あたしはさ、ただ普通に生きたいだけなのよ?
お父様がいて、お母様がいて、あたしがいて。
一緒に普通に暮らせたら。それだけでよかった。
ねぇ、お母様? どうして死んじゃったの?
それって本当にあたしが罪深いせいなの?
お母様がいてくれたら。どんなによかったか。
──それとも。いっそさ、お母様と一緒に死んじゃってさ。産まれてくる前に死んじゃってたらさ。
そしたらさぁ。あたしさぁ。もしかしたらさぁ、そっちのほうがよかったの??
ネェ、ホロビチャイナヨ。
ホロビチャオウヨ。
アタシトイッショニサ、ネムッテヨ?
モウ、アクムナンカミナイセカイニ、イッショニイッテヨ。
ホロビチマエ。
シエルの瞳が見開かれる。
黒い暗い──闇色の瞳。




