六. 選択肢
「…………」
獏はヒビキを見つめたまま動かない。
ヒビキは嗤った。
「おまえ……ずるいよ……」
なぜかその声は気弱に響いた。
「ずるいよ……。
そんなんなくせに、アンキ味方につけちまうような真似してくれてさ……。
結局は、だんまり?
わからないよ。どうして、おまえなんかが青いバラの咲く世界に来れたんだよ?
──どうして、青いバラの咲くこの世界でも……結局オレは……」
俯いたヒビキの白い髪が、赤い目を隠す。
「……こんな世界、違うよ……」
「ヒビキ……」
「おまえが、一番、違うよ……ッ!
だったら、最初から、期待させるようなことするなよ!
卑怯者は、最初から──卑怯な顔してろよッ‼︎」
「ヒビ……」
「寄るなッ!」
ヒビキは跳びすさる。眉で息をして、獏を見つめる。
獏もヒビキを見つめる。
風が、ヒビキの貘の髪を服を揺らす。
ブルーローズの甘い香りが広がる。
『残念だよ、バク。失望した。君じゃアンキを救えない』
『君は……ボクに何を期待したの……?』
ヒビキは言う。
「…………やるよ。ラストチャンスをやるよ。
ぼくと戦う気があるなら、明日の正午までに、あの公園の、青バラ畑に来い」
彼の瞳は髪に隠れたまま見えない。
「そうしたら、ぼくの塔に誘ってやる。
──いいこと、教えてやるよ。
魂を同じくする者が、同じ運命を──怪我や死亡を共にするのは、あくまでもこの世界に同時に存在する間たけ。
だから、バク? 陽姫を殺すとしても、君が元の世界に帰ったあとなら、君にはなんの影響もない。
ぼくと戦う気がないのなら、青バラ畑に来なければいい。
そうしたらさ、オレさ、おまえ、もう、どうでもいいからさ……帰してやるよ、日本。
日本ってさ、オレ、好きじゃねーもん……。
障害者や自分たちと違う奴らなんかをなんだかんだいっても未だに差別してる国だぜ。
あんなとこで一生暮らせばいーよ、おまえなんか……」
ヒビキの赤い目が獏を睨む。
「なれば? 教師?
オレもさ、教師なんて大嫌いだよ。
おまえ、生徒に嫌われる教師にならなれるかもよ」
「……。どうするつもりなんだ、君は。これから。……シエルは」
「アンキはオレと一緒にいたほうが幸せだよ。
あんな王に飼われてるよりずっと」
「……この国は」
「国は予定どおり滅ぼすよ。
陽姫をこの国の要人──そうだねぇ、国王が殺したことにでもして、その様子を幻術で陽姫の親父にでも見せて惑わしてやる?
怒り狂って即戦だろうよ。あの国王なら」
「本当にラフガを殺す気か……?」
「別にあんなライオン女殺しても、オレは悲しくもなんもないよ」
「……だとしたら。そのあとは?」
「あー? そんなのは、またそんとき考えるよ。
オレはずーっとこっちの世界にいるけどね。こっちほうが、まだ愉しいから。
ムカツク奴ら見つけて片っ端から狩ってやる?」
「…………」
ヒビキは獏に背を向ける。
「じゃーな、弱虫バク」
その姿が掻き消える。
獏は離宮の個室のベッドに腰掛けている。
テーブルの上には、青いバラ……。
……シエルは嘘をついていた。国の危機を救うなんて。
自分がシエルの勇者なんて。
それは、裏切り?
それとも──。
『君が大空を羽ばたけるように。シエル。嬉しかったのよ、そういってくれて。泣くほど』
『他の人にはできないことをやれる。それが、勇気よ?』
『あたしは、この花が嫌い……』
『あたしは──シエル。あなたは日向漠。
……それじゃ、だめ……?』
彼女はヒビキを召喚し。
ラフガは青バラ畑で消えた。
きっとヒビキが幻術で誘い出して、さらった。
自分はラフガの勇者であるのに、シエルとヒビキにより、シエルの元へ召還されるように仕向けられた。
なぜその夢──召還の儀にラフガまで現れたのか──たぶん、それは、
本来の姫である彼女の意志がそれでも働き、完全には遮断できなかったから……?
『おまえは、自分勝手な獏だ……!』
なぜ、ヒビキは……
『青いバラが咲いている世界に行きたい』
『壊れちまえ、こんな世界!』
「わからないよ。どうして、おまえなんかが青いバラの咲く世界に来れたんだよ?』
──ヒビキは、ボクに塔に来て欲しいんだ。
『だったら、最初から、期待させるようなことするなよ!』
たぶん、来て欲しいんだ……
『本当に危機に遭遇したとき取れる行動はたった二つ、
挑むか──逃げるか』
『夢食い獏が悪夢を見るなら。
誰がそれを食べてくれるんだろうね?』
翌朝。
獏は青バラ畑にいた。
二輪の青いバラを手にし。
「ヒビキ!」
晴れ晴れとした顔を、獏はしている。
吹っ切れたのか、それとも許容量を超えた現実に迷いすぎて、おかしくなったのか──。
「夢食い獏が悪夢を見るなら。
やっぱりそれはさ、自分でなんとかしなくちゃいけないと思うんだ」




