五. 青いバラが咲く世界
獏は言葉を探すようヒビキを見る。
「──そういう、同情した目でオレを見るな!」
ヒビキは獏を睨む。
「おまえなんか、何もできないじゃないか!
この世界に来てさえ、一人じゃ何もできないじゃないかっ!
おまえの陽姫は、オレの手の中だ!
やろうと思えば、いつでも殺せる!
それはつまり──おまえも死ぬってことだ‼︎」
ヒビキはシエルに手を伸ばす。
「行こう、アンキ。
意味ねーよ、コイツ‼︎ 期待外れもいいとこだッ‼︎」
シエルは獏とヒビキを見比べる。
「君は……ボクに何を期待したの……?」
ヒビキは目を見開いて、獏を見返す。
それから、おかしそうに声を上げて笑い出す。
「はははっ、決まってんじゃん、せっかく手に入れた力、思う存分使って戦える相手、それだけだよッ‼︎」
「……『君じゃアンキを救えない』、そういったね?
あれは、どういう意味? 陽姫じゃなくて、アンキって、言ったよね?」
ヒビキは顔色を変える。
「うるせーよクソシジイ‼︎ てめー、塔に来る気さえねーじゃねぇかよッ‼︎
てめーなんか、陽姫とこの最低な国と一緒に死んじまえ!」
ヒビキはシエルの手を強引に掴む。
「オレと来い‼︎ アンキ‼︎」
シエルは静かにヒビキの手を離す。
その手を自分の胸に当てる。
「……もう、やめない? ヒビキ」
「なっ──⁉︎」
「だって、獏も陽姫も、関係ないじゃない……。
そういうのは、八つ当たりとか、そういうんじゃないの?」
「な、何いきなりいい子になってるんだよ!」
「やっぱり、もう、よそうよ、ヒビキ」
ヒビキはシエルを──獏を睨む。
「こいつのせいか! こいつに影響されたってのか?
なんでだ、アンキ? こんな偽善者でいいってのか?
……ぼくは、いやだ……っ!
──してだよ、アンキ。ぼくは君の望んだとおりに──。
君の代わりに──……」
ヒビキは一見笑ったような顔で言う。
「壊れちまえ、こんな世界!」
シエルの葡萄色の大きな瞳を見つめる。
「君も、思ったはすだ。壊れちまえって」
「──」
「こんな国も、幸せな陽姫も、それこそこの世界ごと壊れちまえって──‼︎
だから、まず、一番ムカツクこの国と、陽姫を壊しちまおうとしたんじゃんかよッ!
なのに、なんでだよ……」
ヒビキは天使のように笑った。
「ぼくが君の代わりにみんなやっつけてあげる。やさしー姫。
君は優しすぎてかわいそうで、見てられないよ……。
何度も殺されそうになったのに、君は鳥かごの中で大人しくしている。
だから、ぼくが……」
「……優しいんじゃない。弱虫なだけよ……。
鳥かごの中で飼われていれば、とりあえず今のまま生きられるから──。それだけよ」
ヒビキは下を向く。
「コイツでもぼくを殺せるかもしれない方法。
──それは、アンキ、君を殺すこと。
……そんなことまで、コイツに教えて……君は、そんなにぼくが……嫌か?
コイツが──コイツが、君の真の勇者だったらよかったんだ……?
そう、思ってるんだ……?」
「ヒビキ……?」
「なにそれ? コイツになら、君は殺されてもいいってこと?
ぼくがコイツを殺すのは、嫌だってこと?」
「ヒビキ……あたしたちは似すぎてるから……だから、あたしが求めていた人は、たぶん……」
「ぼくじゃなくて、こんな偽善者?」
「だってきっと、あなたが求めている人だって……あたしみたいなのじゃなくて……」
「魂を同じくするなんていっても、所詮ぼくらは他人だった──そういうことだね。アンキ?
君はぼくを真には理解できないし、ぼくだって君を真には理解できない──仕方ない」
ヒビキは溜め息をついた。
「悲しいよ、アンキ……」
ヒビキはシエルに手のひらを突き出す。
「ヒ、ヒビキ……?」
「今度はぼくが君を飼ってやるよ、アンキ。
鳥かごじゃな くて、ライオンやなんかのを閉じ込めるようなケージが、念のためもう一つ、あったよね。
きっと気に入ると思うよ」
獏が動く。
「ま、待て! 君は、」
「我、汝を誘わん──、ケージにバードを閉じ込めん」
シエルの姿が掻き消える。
「シ、シエル!」
獏が手を伸ばしたときにはもう遅い。
「ぼくは幻術が得意だけど、こういうテレポート系なんかもできるってわけだよ。
っつーかさ、オレさ、ラフガはもちろん、アンキよりも、マジックレベル高いみたいだぜ?
呪文やらの勉強も必要ねぇ。
そうしようと思うだけで、オレさ自然に魔法使えるしさ、必要なら自動的に呪文口ずさめるんだよ。
やろうと思えば、アンキなんか目じゃないくらい幻獣召還できるし。かまいたちだって雷だってなんだって、いくらでも起こせるぜ。
便利だよなぁ、幻揃って。
塔にいながら、離宮のおまえだってマジで殺れるぜ。
この世界ってさ、オレのためにある。そう思わない?」
腕組み、ヒビキは獏を挑発的に見上げる。
「さて、どうする、陽姫の勇者?」
ヒビキは面白そうに言い直す。
「意気地なしで、卑性者で、偽善者の日向獏?」
シエルがいない替わりに、ブルーローズが彼女のいたそばで風と揺れている。
「今、この場で跪いて、オレの靴でも舐めて、あぁあと三回廻ってワン? とかやったら、オレの気も変わって、おまえのこと元の世界へ帰してやって、陽姫も開放してやるかもよ?」
「…………」
「やれよ。おまえには、それがふさわしいよ」




