四. もう一人の勇者
地上に降り、シエルは言う。
「さぁ、獏。わかった? ──」
足元に、ブルーローズが咲いている……。
シエルは数歩獏から離れるように歩いて、振り返る。黄緑色の髪が揺れる。
葡萄色の瞳が、獏の目を見上げる──……
「嘘、だよね……?」
獏は笑う。
「冗談、きついよ……」
「本当よ。──誰からも愛される光の姫。国を幸福に導く祝福の子。
そんなふうに呼ばれる陽姫。彼女の国にもね、伝説が、あるの。
国の王室たる姫の危機を救うため、現れる異世界の光の勇者の伝説が……」
「やめて、くれ……」
獏は一歩、シエルに近づく。
「そんな答えは、知りたくない……」
「約束が、違うよね。アンキ」
ふいに声が響き、二人のそばに、赤い瞳に白い髪に白い肌の少年が立っている。
「勇者様……」
ヒビキだった。
シエルは確かに、ヒビキのことを勇者と呼んだ。
「──」
獏は息を呑む。
「そいつがぼくの塔に来るまでは、そのことは、秘密にする約束だったよね? ぼくの姫」
ヒビキは獏を見る。
「そういうことだよ。たくはアンキの勇者。君は陽姫の勇者──……」
赤いキャップのつばの位置を直し、ヒビキはシエルに歩み寄る。
肩にホワイトビジョンを留まらせている。
「仕方がないなぁ……。
まぁ、いいよ。アンキ。
ぼくはコイツを気に入らなかったけど、青はコイツのことがそれなりには気に入った──だから、教えてやった、ってこと?」
獏はヒビキとシエルを見比べる。
「ぼくはさ、君よりも先にアンキに召喚されたんだよ。
別に国の危機かどうの、そういうのは関係ない。
アンキはさ。ぼくに違いたかったんだってさ。
魂を同くする、このぼくに!」
「……そうよ……。
あたしは、昔から、何度となく、離宮の広間の一室で、召喚の魔方陣を描き。勇者様を呼び続けた。
たくさんの本を読んで、独学で得た魔方陣なんかの知識と、あたしの魔力で。
何度も何度も失敗した。
やっぱり、あたしじゃだめなんだって、あたしは伝説の勇者の姫なんかじゃないし、無理だって、あきらめかけた。
でも──姫と魂を同じくする勇者という伝説は、あたしには魅惑的すぎた。
だって、そんな人が本当にいるなら──こんな闇姫のあたしでも──あたしの気持ちをきっとわかってくれる……そう思った」
「その通り。
ぼくは、彼女の気持ちがよくわかった。だから、考えたんだ。
滅びに導く闇の姫といわれる、アンキの勇者であるぼくと、幸福に導く陽の姫といわれる、ラフガの勇者である君──ぼくらが戦って、ぼくが勝ったら、こんな最任な国は減ばしてやる。
だけどもし、君が勝ったら──そんときはまー手を引いてやるか。
……あんたに滞在期間が設定されてるっていうのも、嘘だよ。
ぼくらの気が向かなければ、あんたは元の世界へ帰れない」
ヒビキは獏を見上げながら笑う。
「おかしいじゃないか。同じ有り得ないはずの混血なのに、ラフガは祝福の子。アンキは災いの子──」
「……陽姫は、ライオンハーフなのよ。
あの国は、ライオンビープルと、ヒューマンが共存している。
だけど、有り得ないはずの子どものラフガは、だからこそ、不可能を可能とする祝福の姫として、王に民に、好かれているのよ……!」
「有り得ないはずの混血のなせる技が、ラフガもまた、魔法が使える。
光系だか雷系だかの魔法だ。
だが、あいつにはあまり魔法の才ばない。そ
の代わり、剣の才には恵まれたらしい。
ついでにいうと、ぼくは君と同じ日本人だよ」
「⁉︎ 日本人……⁉︎ じゃあ、」
獏は赤い瞳に白い髪に白い肌のヒビキを改めて見つめる。
「君は──アルビノ……?」
ヒビキは瞳を伏せるように──浅く開いただけで、妙に大人じみたような疲れたような顔で笑った。
「ぼくは光に弱い。目があまりよく見えない。体が弱い。あまり長くは生きられないだろう……。
ぼくの白すぎる肌を髪を──そして、特にこの血の瞳を……、みんな気味が悪いと、怖いという……だからかは知らないが、ぼくは小さいとき親に捨てられ、ずっと施設暮らしさ。
でも、健常児だって平気で捨てる親がたくさんいるんだ、ましてやアルビノのぼくが捨てられたとして、なんの不思議もあるまい?」
「でも、髪を染めて、カラーコンタクトでも入れれば……それなりに」「それのどこが楽しい? やったよ、やらされたよ、最悪だ。
だからもうやめた」
「……たしか、アルビノは突然変異?
ノアの箱船のあのノアも、アルビノだったって、話を聞いたことがある……」
「突然変異は進化のため──その説が正しいなら、アルビノのこのぼくも、天才であっていいはずだ。
何か、特殊な能力を持っているはずだ。
……だから、嬉しかった。アンキに召還されたこのぼくは、この世界では幻術が使える……! 選ばれた存在だ‼︎」
ヒビキは愉しそうに笑う。
「ずっと、思っていた。
瞳の色も髪の他も肌も関係ない世界に行きたい。
有り得ないはずの青いバラが咲いている世界に行きたい。
そこでなら、ぼくは偽りの色に自分を染めなくていい。
不可能なはずの青いバラが咲いている世界なら、なんでも有り得るから。
可能だから」




