二. 枯れた花
「獏……閉じこもってばかりじゃ、体に毒だよ……」
獏がこの世界に来て、約二週間後。
部屋に入ってきたシエルが、花瓶の青バラを新しいものに替えようとする。
茶色く変色したブルーローズ……
「なんてね、あたしもそんなに外出するほうじゃないんだけどね……」
有り得ない青いバラ。
「待って、捨てないで!」
「え? だって……」
茶色い花を手にとって、獏は呟く。
「有り得ない、不可能なブルーローズ。
有り得る、可能なブルーローズ……。
なら、この枯れた花は……どっちだろう?
どういう意味だろう? やっぱり、枯れてしまったんだから、有り得ないって意味? それとも……」
「枯れてしまっても、ブルーローズは、ブルーローズ……」
シエルは瑞々しいブルーのバラを一輪手に取って、その香りを嗅ぐ。
「幻には、香りがない」
「え?」
「幻術士の幻には、香りがない。だから、この花は本物だよ」
「そ、そうなの?」
「えぇ。少なくとも、あたしの知ってる幻術士の幻は……。
だけど、あたしは、この花が嫌い……」
「どうして? だって、君は、この花のことをポジティヴに捉えてるんじゃないの?」
「有り得ない、有り得る、それは異世界のあなたたちの、この花に対する概念よ。少し、あたしも影響されたけど……。
そうじゃなくて、勇者を召喚する前から、元々嫌いだったの」
シエルは刺のある茎を睨む。
「刺、ハサミで切ったほうがいいのかなぁ……」
花瓶の水を窓から捨てて、持ってきた水差しの水を新しく注ぐ。
だけど、シエルは刺つきのまま、花版にバラを突っ込んだ。
「でも、こっちのほうが、自然でしょう?」
獏は溜め息をついて、枯れてしまった花を、窓の外に放る。
風が吹いて、空に飛んでいっていってくれたらいいのに。
地面の上に落ちた花を見下ろして、そう思った。
「なんで、人はさ……花を愛でるかな。
綺麗なものは、健康なイメージに繋がるから、見ていて、気持ちいいのかな?」
たとえばクジャクは一夫多妻で、羽の美しい健康なオスは、複数のメスと交尾する。
「ならさ、なんでき、花は……茎を切って、花瓶に飾るんだろう……?
綺麗なものをそばに置いておきたいから? そうして、枯れたものはすぐに捨て去る。
すごい、酷くない?」
獏は窓辺に立ったまま、シエルのほうへ振り向く。
風が吹いて彼の茶色い髪が揺れる。
「捨てるくらいなら、最初からそばに置かなくてよくない?
というか、そもそもざ、切り花ってさ、すっごいエゴっぽくない?
茎を切られ、根を切り離され、それまでいた土から離され──……待っているは、死……。
寿命を縮められてさ、よくわかんない人間の見せ物に……慰め物にされてさ、それで、幸せなのか? 幸せだったと思う?」
枯れた花を見下ろす。獏は笑った。
「公算のないのことから逃げるこのボクが、本当に勇者なのか?
少しの可能性も感じられない。
ラフガ姫のいるという塔……どうしてそこに、ボクが行かなくちゃいけない? 行けると思う?」
ヒビキの夢のことを、獏はシェルに話していた。自分の過去などに関する部分は除いて。
「勇気なんて──ボクにはない!」




