二. これまでと、これからと
獏は個室に戻り、つけていたマントを脱き、青バラの入った花の横に無造体に置く。
溜め息をついて、ベッドに腰掛ける。
──もう、悪夢は食べられない。
いつか落とした呟き。
それを思い返す。
──だって、ボクは、
「ボクは……」
ただの人間だから。
翌朝、シエルはどことなく嬉しそうに獏の部屋を訪れた。
「おはよー……」
対照的に、獏の目は重たげで、なんだか怠そうだ。
「ど、どうしましたの?」
「ちょっと昨日、あんま寝てなくて」
「ど、どうしてですの?」
「うーん……考えることがいろいろあって」
「わたくしのせいですの?」
「いや、そうじゃなくて……もちろん、この世界のこともあるけど……うーん……受験のこととか自分のこととかも……」
侍女が食事を運んでくる。ここに来てから獏が見た使用人たちは皆シエルを見ようとしないし、シエルも彼らを見ようとはしない。ただ機械的に食事を用意し、給仕もせずに侍女は去っていった。
「……乳母がいたんだよね?」
ブルーローズの載ったテーブルの上の食事に手をつけながら、獏は言う。
「……子どものころはね。今はいないわ。別にもう、必要ないし」
「…………。学校は?」
「行ったことがないわ。ほとんど独学よ」
パンを飲み込んで、獏は目を伏せる。
「……王様、何してるかな」
「とりあえず、昨日は攻めてはこなかったわね。忙しいんじゃないかしら? ラフガ姫の捜索のこともありますし。それにやっぱり、この離宮には──わたくしには、近寄りたくないのでしょう……。
とりあえず静観して厄介ごとには近づかない、というのは、あの方のパターンですわね」
クリームシチューをスプーンですくって、シエルは獏を見ながらいう。
「くれぐれも、もう、一人で王宮へ行くなどとは考えないように。今度こそ、命が失くなるかもしれませんわ」
「……う、うん……」
「それに、念のため、ここに居るときにも、用心に越したことはないわ。武器をお持ちになられてください」
姫は懐剣を取り出し、獏に差し出す。
「わたくしの物ですが、あなたに差し上げますわ。……あ、ごめんなさい、お食事中に」
「いや。いいよ」
それを受け取ってとりあえずテーブルの隅に置き、獏はハムエッグに噛みつく。
「他にも、もっとちゃんとした剣でも……」
「うーん、でも、ボクにはこれがあるし……」
しているペンダントを少し見て、獏は笑う。
「なんか、落ち着くんだよね、コレ。
なんていうか……もう一人のボクが、ボクを見ていてくれるっていうか、一緒にいるっていうか、ボクを護ってくれるっていうか……そんな感じ?
な、何言ってんだろ……。
でも、すごいよね、ラフガ姫って。こんなマジックアイテム持ってるんだから」
食事を片づけて、紅茶に似たお茶を飲みながら、獏は続きを言う。
「冷静になって考えたんだけどさ。この、剣に変形するペンダント……あのホワイトウルフとの戦闘……あのときの、あの赤い髪の女の子……。ここから薄き出される答えってさ」
獏は便せんになにやらペンを走らせる。
「やっぱり、彼女が、ラフガ姫なんじゃないかと思うんだ。どう?」
完成したラフな似顔絵をシエルに見せる。
モノクロだが、赤い髪にメッシュの入ったあの女の子に、自分でも結構似ていると思う。
ボーイッシュで、勝ち気そうで、あんまり素直じゃない感じに見える女の子──。
「……ラ、ラフガ姫です‼︎ まちがいありませんわ!




