一. 優しさ
「どうしてですの?」
姫は不思議そうに瞬きした。
「君は、ここをバードケージといったよね。その意味がわかったよ」
姫は笑った。
「わたくしが有り得ない子どもだから。恐ろしいからほうっておかれているだけ。
偽りの自由を与えられて。──生を認められているわけじゃない」
「君を飛べないようにするための、鳥かご──。そういうことなんだね……」
「誰に聞きましたの?」
「…………ごめん……」
獏はいきなりその場にしゃがむ。
「ゆ、勇者様?」
「な、なんてことしちゃったんだ! ボク‼︎ ……お、王様ひっぱたいちゃった……あぁ、どうしよう、叩いたことは別に後悔してないけど、そのせいで、君の立場が益々悪くなったりしちゃったら……」
「お、お父様を叩いた⁉︎ ……な、なぜ?」
「だ、だって、酷いじゃないか! 君も、そう思うだろうッ⁉︎」
獏は姫を見上げる。
「……そうは思いませんわ。お父様は、わたくしをこの年まで育ててくださいましたし。離宮をお与えくださいましたし。特に外出を禁じられているわけでもありませんし……」
姫のその声からは感情が伺えない。
「育てたんじゃない! それは──殺せなかったから──ただ、それだけだ‼︎」
「……だから、言ったのよ……お父様は勇者様を召還したって、お逢いしてくださらない。そんなもの、信じないか……気味悪がられるか……そんなところだと。
──それより、大変ですわ」
姫もしゃがみ込み、漠の顔を伺う。
「お父様を叩いたりして──……もしあなたのお命が狙われたりしたら……」
「ご、ごめん……。そしたら、ラフガ姫捜すどころじゃないよね………えぇと……」
「──シエル」
少女ははにかんだ。
「シエルと呼んでください……」
「シ、シエル……」
頬を赤く染め、彼女は──シェルは獏を見た。
「すてきな名前を、ありがとうございます」
「う、うん……」
獏も顔を赤くする。すぐそばにシェルの顔がある。
衛萄色の瞳……ピンクの唇……
唇。
ふいに、その唇に触れてみたい衝動にかられる。
そ、そんな場合じゃない、そんな場合じゃない!
慌てて首を横に振りまくり、獏は立ち上がり、横を向く。
「え、えぇと、えと……」
「大丈夫ですわ」
シエルも立ち上がり、柔らかく笑む。
「わたくしが、勇者様をお護りいたしますわ」
「ええッ⁉︎」
シエルは部屋の窓辺へ歩きだす。
獏も部屋の中に入った。
窓を開けて、空を見上げ、シエルは言う。
「お父様はわたくしを恐れていますもの。わたくしが、いつも勇者様のおそばにいれば、きっと、お父様は、勇者様に手を出せないわ……ううん。ほんの少し、勇者様には手を出さないでくださるようにお手紙でも書けば……読んでくださらないかもしれないけど……、きっと…………」
「脅されでもしたように、王は大人しくなる……」
嫌そうに獏は呟いた。あの王のことになると、どうも口調が刺々しくなる。
「そんなに嫌わないでくださいな。国民にはとても好かれていますのよ……あの方は」
「そういう問題じゃないよ……」
獏は不機嫌そうにテーブルのそばのイスを引いて座る。シエルは窓辺のイスと、テーブルの周りのイスを見比べてから、テーブルを挟んだ漠の向かい側のイスに腰掛ける。
ブルーローズの甘い香りがする。その花を見下ろしながら、獏は言う。
「疫病。かまいたち。暗獣。地震。もちろん、君のせいじゃない。そうだろう?」
シエルは唇を動かしかけ、やめる。
「バードハーフだからなんだ? それがそんなにいけないことか?」
憤った獏の目から瞳を逸らし、シエルは俯く。
「……勇者様は、この国の人間じゃないから、そんなことが言えるのですわ……」
「──やめよう」
「え?」
獏は明るく笑った。温かな声。
「『勇者様』っていうのは、やめよう。
獏って呼んでよ。ボクも、シエルって呼ぶからさ」
「……獏、様……」
「ただの獏でいいよ。ね? シェル」
「…………獏……」
シエルは俯いた。
「どうして、そんなに、獏は優しいの?」
「優しい??」
「だ、だって……」
「優しさ……か」
獏はなぜか苦しそうに笑った。
「なんだろうね、優しさって……」




