十二. 王の元へ
少女が落ち着くまで彼女のそばにいて、それからは彼女を部屋に残し、一人で王宮へ向かった。
──離宮からそう遠くない場所に、それはあった。
人の良さそうな垂れ気味の目を、獏は今は吊り上げている。
「なんだ、おまえは?」
二人の門番が、不審げに獏を見た。
「見ない顔だな、身なりはそれなりにいいようだが……」
獏は今日も姫が用意してくれた中の一着を着ている。ブルーが基調のチュニック系──。
「王様に会いたい」
「なにっ⁉︎」
「話がしたい」
「あ、妖しい奴め! 捕らえよ‼︎」
門番が手にしていた槍を獏に向ける。元々リーチ外だった獏は、それでも後ろに下がり、言う。
「姫のことで、話があるんだ‼︎」
「ひ、姫──闇姫⁉︎」
はっきりと、門番たちの顔に怯えが現れる。
「な、なんだ? 闇姫のところの侍従か?」
「だめだ、約束もないのに侍従ごときを陛下に会わせられるものかっ!」
「……なら、姫が一緒なら、王は、会ってくれるのか……?」
「ば、ばか言え! あんな不吉な娘を壁下に返づけさせられるものかっ!」
「姫など、一生離宮に閉じこもっておればいいのだッ!」
「……なんでだ……」
獏の声が挙が震える。
「どうしてそんなに、あのコに冷たくするんだ!」
獏は首から下げたライオンのペンダントを握り締める。
門番たちは不可解そうに言う。
「なんで……って、そりゃ」
「そっこちこそ何を言ってるんだ……」
「知っているだろう、闇姫は……」
「有り得ないはずの、ヒューマンとバードピープルの──……」
タイガーが吠えた。漠の隣に突如ホワイトタイガーが出現した。
白い毛、赤い瞳……。
「あ、暗獣……⁉︎」
「そ、そんな、いつのまに⁉︎」
門番たちが目を見開く。
「な、なんだ……?」
後じさる獏のほうへ、タイガーは近づいてくる。
「う、うわぁッ⁉︎」
タイガーの赤い目が獏に語りかけてくる。
《乗れ》
瞬間、赤い瞳に白い肌に白い髪の、誰かのイメージが脳裏に浮かぶ。
うまく、ヴィジョンが合わず、その姿や顔立ちまではよくわからない。
「の、乗れって……」
《王の元へ誘おう》
獏は唇を噛む。固まっている門番を見、大きな門扉を見上げる。
「わ、わかった……」
慎重に、恐る恐る、獏はその背に跨る。
タイガーは高く跳躍し、一跳びで門扉を軽く越え、風を切るように走りだす。
「ま、待て⁉︎」
「な、なんだ⁉︎」
人々の繋愕の声を無視し、王宮内を突き進むその白獣に必死にしがみつき、獏は叫ぶ。
「うわ、うわわわわぁぁッツ⁉︎」
どうにか振り落とされず、獏はついに王の執務室に辿り着いた。
剣を手にした衛兵が両脇にいる扉を、タイガーが体当たりして突破し、立派な机の上の書類に何か書いていた王が目を上げる。
「なっ、なんじゃ……ッ⁉︎」
姫とはあまり似ていない。艶やかな茶色の髪に、口ひげ。目だけが葡萄色で、それは似ているといえなくもないが……。
「あなたが、王様ですね⁉︎」
「い、いかにも、そうじゃが……」
高価そうだが控えめで、品のある服にはそれなりに好感が持てそうだが──獏の目には入らない。
「姫の──あなたの、娘のことで、話があります‼︎」
「な、何奴⁉︎」
「陛下から離れよ‼︎」
我に返った衛兵たちが部屋に入ってくる。
ホワイトタイガーは彼らに向かい、牙の生えた大きな口を開け、猛々しく吠える。
「お主、間姫の手の者かッ⁉︎」
王は立ち上がり、恐ろしげに後ずさる。後ろは窓辺──。
「どうして、どうして、彼女に──あのコに、酷いことを……‼︎
闇の姫なんて、名前もつけてあげずに、街の人や、兵士にあんなことを言わせて、ほうっておくんだッ⁉︎ あんたの、娘じゃないか‼︎ なぜ、助けようとしない──なぜ、この現状を変えようと、あなたはしない⁉︎
それとも、あなたの力でも、それは実現できないのか!」
「な、何を言うておる……」
不気味そうに、王はかぶりを振る。
「あの娘は、有り得ないはずの、ヒューマンとバードピープルの混血!」「バードハーフ……? だから、なんだ?」
獏の目が据わる。衛兵たちは間姫という言葉に怯えたように、それ以上近づいてこない。
「それだけで、充分不吉ではないかッ‼︎」
「──どうしてだ」
「有り得ない者は災いを呼ぶ‼︎ 人は、理解できないものを、恐れる………!」
「だから?」
「あの娘が卵から産まれた年、我が国では疫病がはやった‼︎
占星術師たちは口々に言った! 『災いを呼ぶ姫』『闇の姫』『国を滅びに導く姫』──。
だから、わしは赤子だったあやつを殺そうとしたのじゃ!
だが、手を下そうとした兵たちがかまいたちにより大勢負傷し、暗獣が出現し、大事な兵や侍女たちを惨殺した──。わしも危うく殺されそうになった!
だから、わしは恐ろしくなり、離宮にあの娘を閉じ込めた。本当は、すぐに殺してやりたかったが、あの娘の報復が恐ろしくて、殺すこともできず、仕方なく、乳母をつけこの年まで育ててやった」
「…………。彼女の、母親は」
「呪われたあやつを産むのと引き替えに死んだ。
バードピープルの侍女などに手をつけるのではなかったわ──。まさか、子どもが産まれるなどとは思わなんだ……」
獏は歯を軋ませる。
「わしには正妃の産んだ王子がいるからな。あんなモノ、必要ない。
呪われたあやつには、子を産む能力がない可能性が高い。それだけでも、姫としては充分すぎるほど不良品だ」
「そんな、わけわかんない理由で、彼女を差別するのか──‼︎」
王は激しく腕を振り、窓の横の壁に拳を叩きつける。驚くほど大きな音が響く。
「わけわからないのは、お主のほうじゃッ‼︎
わしはしかし三年前、心を入れ替え、民のため、十二歳になったあの娘を地下牢に入れ、処刑しようと、努力までしたのだッ‼︎
なのになぜ、責められねばならない⁉︎」
「処刑──?」
「そうだ、多数の民を集めた、公開処刑だ!!
これにより、我が国からは災いが消え、繁栄が約束されるはずだった。
じゃが、まさにあやつを殺めようとしたそのとき、地震が起こった‼︎
王宮の位置する中央領や、北西領は幸い地震による被害はなかったが、東南領では建物が多く倒壊し、人々がたくさん死んだ──‼︎
中央領の処刑場でだって、揺れを感じたくらいだ‼︎ それに、処刑場ではかまいたちが多数起こり、暗獣の群れが現れ、人々を虐殺したのじゃ!
これが、闇姫の仕業でなくてなんとする⁉︎ ──だからわしは再び、あの娘を恐れ、離宮に戻した……」
「あのコは……」
獏はタイガーから降り、王へ歩み寄る。
「あのコは……ッ! ラフガ姫を見つけ出し、この国を救おうとしてるんだぞッ!」
「よ、寄るな……無礼者! 何をしておる、衛兵‼︎」
王の声に、兵士たちは駆け出すが、それを阻止するためタイガーも動く。止める暇もあればこそ、獏は王の頬を平手打ちした。
「さけんじゃねぇ! てめえは、親として最低だッ‼︎」
王は信じられないように獏を見ている。タイガーも振り返り、衛兵たちも呆然として獏たちを見た。
「そんなの、ただの偶然だろ⁉︎ 娘信じられないで、どうするよ⁉︎」
屈辱に、王は震える。
「や、やれ! この者を始末せぇ!」
衛兵たちはタイガーを避けるように回り込んで王へ近づこうとするが、タイガーが跳躍し、獏の後ろ襟を噛み、その体を放るようにして、その背に乗せる。
「う、うわわッ⁉︎」
そのままタイガーは王のそばの窓に体当たりし、ガラスの割れる音を残し、外へ飛び出す。
「こ、ここ、三階⁉︎」
だが、難なく着地し、タイガーはそのまま進む。──姫の離宮の庭まで来て、タイガーはやっと止まった。
「あ、ありがとう」
獏はホワイトタイガーから降り、少し考えて、その喉を撫でる。
「おっきか猫みたいで、か、かわいいかも?」
タイガーは咲いている青いバラに近づき、前足で軽くそれに触れ、獏を願みる。
「き、君は、一体?」
一声吠え、タイガーは溶けるように姿を消した。
「…………」
獏はしばらくタイガーのいたバラの辺りを見つめていたが、歩き出し、姫の部屋に向かう。──ドアを叩くと、姫はすぐに出てきた。
「勇者様、ど、どこに行っていらしたの?」
彼女の両肩に手をやって、屈み、その葡萄色の瞳をまっすぐに見つめ、獏は言った。
「君は、こんな所にいちゃいけない」




