第3話 愛おしく、大切なもの
予想した以上に、川底は速い流れでした。
黒々とした岩があちこちに転がっています。
流れが渦を巻いているような窪みもありました。
リクちゃん!
リクちゃん!
私は一生懸命に泳ぎました。
泳ぎには自信を持っていたんです。
水中でも自由に、素早く動きまわれるって。
でも、それが今、全然、思うようにいきません。
流れが強すぎるんです。
泳いでいるという感覚がまるでありません。
ほとんど、川に流されている感じです。
……。
私は自分がどちらを向いているのかも、だんだん、わからなくなってきました。
水の中で初めての感覚でした。
これって……恐怖?
……。
私は、それから逃げようと、水面に顔をだしました。
すると、先に、しぶきのあがるのが見えます。
リクちゃんです!
と、私のすぐ先で、白い渦が巻いていました。
とがった黒々とした岩が顔を覗かせています。
私はそれを見た瞬間に、流れに抗えない小魚のように、きりきり舞いさせられていました。
頬が、腕が、脚が、しびれるように、ぴりぴりと痛みます。
……。
恐怖が、私の体を包み込もうとしていました。
私は必死に水を蹴って、水面に勢いよく飛びだしました。
リクちゃんがあげる水しぶきが大きくなったり、小さくなったりしているのが見えます。
リクちゃん、弱っているんです。
無理もありません。
リクちゃんは全力で腕相撲をして、そして相撲をとっていたんですから。
ただでさえカナヅチなのに、リクちゃんの今の恐怖はどんなでしょう。
私がこわがっているような場合ではありません!
リクちゃん!
今、私が行くから!
思いきり水をかいて、私は川の流れに乗りました。
いえ、違います、私が泳いでいるのでは、まったくありませんでした。
流されてる……。
私は、ただ流されていました。
ものすごい水の勢いです。
私は、リクちゃんのすぐ近くまで、一気に運ばれました。
リクちゃんは、川面から突きでた大きな岩にしがみついています。
「リクちゃん! 来たよ!」
私は、ゴーゴーという水の音の中で、ありったけの声で叫びました。
私の声がリクちゃんに届いているかどうかなんてわかりません。
いえ、本当に声が出ているのかどうかさえ、私自身、わからなかったんです。
リクちゃんは、目をぎゅっと閉じていました。
唇が震えています。
私はそこにリクちゃんの命を感じました。
それはとても愛おしく、大切なものに思われました。
「何が何でもリクちゃんを助けるから!」
私は、リクちゃんに、そして、自分自身に、言いました。
でも、すごい水の流れ!
この流れでは、私がリクちゃんを抱いて、岸まで泳ぐことなんて、とてもできそうにありません。
私はリクちゃんと岩をしっかりと抱きかかえました。
絶対に、岩から手を離さない!
リクちゃんを離さない!
そう思った直後でした。
水が、私とリクちゃんの間に潜りこんできて、大きくふくらみました。
そうして私をリクちゃんから、ぐいと引き離してしまいました。
あっという間の出来事。
私は水にさらわれていました。
リクちゃんがしがみついている岩から、私はどんどん遠のいていきます。
体の自由がまったく利きませんでした。
力も入りません。
私はただの小さな棒切れになっていました。
強い力で、川の中へと引きずり込まれていきます。
……。




