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ちょっと天然の女子はきらきらでピカピカになる  作者: ついざきまさひろ
第五章 しわくちゃのマントヒヒ

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第3話 レディー、ゴー

 ***


 おにぎりを食べ終えると、グリズさんは、ポロシャツを着て、裸足になりました。

「おう! リク! 腕相撲やろうぜ!」

 大きい、平らな岩の上に、両肘をついて、腹ばいになります。


「はい!」

 リクちゃんは、ためらうところなんて、ありませんでした。

 マントヒヒTシャツを急いで着ると、サンダルを脱いで、グリズさんの前に、腹ばいになります。


「リクちゃん、がんばって!」

 私は、スカートをまくりあげ、リクちゃんのそばで、両膝をつきました。


「コウちゃんは、俺を応援しろよ」

 グリズさんがお姉ちゃんに顔を向けて言います。


「そういうこと、やめなよ」


 お姉ちゃんは、二人が腕相撲することに、気乗りしない様子でした。


 それなら、と私は、リクちゃんとグリズさんの間に、膝の位置を移動させました。


「どっちも、がんばれー!」

 両方を、私が応援します。


 すると、グリズさんが、私を仰ぎ見ました。


 そうして、唇の片方だけを上げ、にやりとしました。


 あっ! 

 やった!


「どっちも、がんばれー!」

 もう一度、言ってみました。


 グリズさんは、今度は、顔を上げません。

 唇の片方上げの、にやりをやっているかどうかわかりません。

 両膝立ちしている私の目線は、高い位置にあるので、グリズさんがうつむくと、その顔は見えなくなるんです。

 ちゃんと見ようとすれば、私も腹ばいになって、覗きこむしかありません。

 でも、水着ならともかく学校の制服では、さすがに私も腹ばいは無理です。

 まあ、ドン・ジョンソンでは、床に寝てしまいましたけどね。


「リク。おまえ、右利きか? 左利きか?」


「右利きです。グリズさんは?」


「俺も右利きだ。じゃあ、右でやるか。おまえ、死に物狂いでやれよ」


「はい。よろしくお願いします」


 二人は、互いの右手をにぎり合い、大きい、平らな岩の上で、肘の落ち着き場所をさぐります。


「左手は、この岩のかどをつかめ」


「わかりました」


 グリズさんも、リクちゃんも、右の肘をついている岩のかどを、左手でつかみました。


「アユちゃん。レディー、ゴー、やってくれ」

 グリズさんが、ちらと私を見て言ってきました。


「はい! じゃあ、いきますよ。ふたりとも、見合って、見合ってー、待ったなし!」


「おいっ」

 

 グリズさんは低い声音をだして、下から、私をにらんできました。


「ふざけんな。そういうのは、いいんだよ」


 ふざけてないのに……。


 私は、思わず、唇をとがらせました。


 大相撲で、行司は、「見合って、見合って、待ったなし」って、ふつうに、やりますよ。

 もし、土俵で、力士が「ふざけんな、そういうのは、いいんだよ」なんて、行司に言ったら、怒られますよ。

 ぶっとばされるんじゃないかしら、たぶん。


 でも、ここは、おとなしく、グリズさんに従うことにしましょう。リクちゃんも、グリズさんも集中しているんですよね。


 私も気を取り直します。


 二人の体には、力が充満していました。

 両の足は、砂利に、はりついています。

 いえ、股で、大地をはさみこんで、おさえつけているようです。自分の体が動かないように。右手一本に力が集まるように。


「では、いきます! レディー!」 


 二人の右腕に、力が注入されました。

 筋肉が盛りあがります。


「ゴー!」 


 二人、同時に、息をとめたのがわかりました。


 二人の太い腕は、はちきれそうになっています。


 互角です! 


 二人のにぎった右手は、小刻みに震えながら、中央の位置から、左右どちらにも、倒れません。

 

 と、グリズさんの両足が、もがき苦しむように、動きだしました。

 砂利が、大きな音をたてて、ころがります。


 リクちゃんの両足も、ぷるぷると震えていました。

 はさみこんだ大地を離すまいと、必死に、こらえているようです。


 あ! グリズさんの下半身が浮きました。


 と思う間もなく、グリズさんは、上体を起こし、膝立ちしてしまいました。


 二人の右手はつながっていますが、どちらの肘も、元の位置から動いてしまいました。


「やめ! やめ! こんな所じゃ、力がまるで入らねえ!」

 グリズさんの顔は、真っ赤です。

 玉の汗がふきでています。


 リクちゃんの顔も、真っ赤でした。

 やっぱり、汗、びっしょりです。


 二人は、右手をにぎり合ったまま、肩で大きく息をしながら、互いの体を寄せ合うようにし、膝立ちしました。

 かなりの力が入っていたせいで、二人とも、にぎった右手を開くことができなかったんです。

 二人は、それぞれ、左の手を使って、自分の右手の指を一本、一本、相手の手から、剝がしていきました。

 

 グリズさん、リクちゃん、とよろよろ立ち上がりました。

 私もつられて、よろよろと立ちました。


 これって、リクちゃんの勝ち? 


 私は、行司として、勝名乗りをあげなければいけない気がしましたが、それとなく、振り返って、お姉ちゃんを見ました。


 すると、私と目が合ったお姉ちゃんは、そっと首を横に振りました。


 頭のいいお姉ちゃんは、私の考えを読んでくれたようです。

 リクちゃんの勝名乗りは、やめておきましょう。

 それをすると、グリズさんがまた暴れだしそうです。


「あー! 暑い! むしゃくしゃする!」

 グリズさんは、吐きすてるような物言いをしました。

 ポロシャツを石の上に脱ぎすて、その太い腕で、顔の汗をぬぐいます。


 日差しは、まだまだ強く降り注いでいました。


「リク、川で、さっぱりしようぜ」


 グリズさんは、川の中にジャブジャブ入っていきます。


「はい!」


 リクちゃんは、気分爽快のようでした。

 にこにこしています。

 しわくちゃのマントヒヒTシャツを脱ぐと、グリズさんの後を追って、川へと入っていきました。


 二人は、川の水で顔を洗いだします。 


 私のこめかみから、汗が一筋、あごを伝い、砂利の上に落ちました。


 すると、「アユちゃん」と背後から声がしました。


「相撲、やるのかい?」


 カッパーさんです! 

 どこかからか、私たちを見ていたようです。

 まあ、監視員ですからね。


「いいえ、腕相撲をしただけで、相撲は、やらないと思います」


「やればいいのに、相撲」

 カッパーさんは、川の中のリクちゃんとグリズさんのほうに目をやりながら、言います。

「最近は、みんな、相撲、とらなくなっちゃって……」


 カッパーさんは、泳ぐのも得意で、大好きですが、相撲も得意で、大好きなんです。


「相撲、やろうよ」


 カッパーさんは、足を開くと、右足を大きく上げ、その膝に手をあて、地面を力強く、踏みました。


 四股です! 


 あるいは、知っている人もいるでしょうか。

 名大関と謳われた巻関のことを。


 巻関は、カッパーさんの息子さんです。

 四股名も、最初、本名のカッパー・ジュニアを名乗っていました。

 でも、その四股名だと、あまりに長くて、番付表や電光掲示板におさまらないからと相撲協会に文句を言われ、巻と改名したんです。


 体はそれほど大きくはなかったんですけれど、強かったですねぇ。

 頭の骨にひびが入らなければ、間違いなく横綱になれたって、相撲ファンはみな言っています。


 ちなみに、今、巻関こと、カッパー・ジュニアさんは、河童親方となって、都内に部屋を持ち、若手力士を育てています。

 え? 

 カッパ親方? 

 違います、違います。

 カワドウ親方です。


「だめ、だめ」

 ちょっと離れたところで、空のペットボトルをビニル袋にいれていたお姉ちゃんが、血相を変えて、走り寄ってきました。

「カッパーさん、相撲なんて、させないで」


 お姉ちゃんは、相撲なんて始めたら、また、グリズさんが荒れそうだと思っているのでしょう。

 私も、そう思います。


「僕も、もう、ずいぶん、相撲、とってないんだよなあ。相撲、とりたいなあ……」

 カッパーさんは、川の中のグリズさんとリクちゃんに、熱い視線を送っています。


 二人は、膝まで水に浸かって、胸に、背中にと、ジャブジャブ水をかけていました。


「コウちゃん、久しぶりに、僕と相撲とらない?」


「とりません」


「小さい時はよく相撲とったじゃない。アユちゃんが泳いでいる間、コウちゃんは相撲」


 そうでした、泳ぐのがあまり好きではないお姉ちゃんは、小さい頃、河原で、カッパーさんを相手に、よく相撲をとっていたのでした。


「私、もう、カッパーさんと相撲をとるような年じゃないから」


「コウちゃんの技のだしかたには、相撲のセンスを感じたなあ」


「そんなセンス、私にはありません」


 お姉ちゃんがそう言ったので、私は、うそつき、と思いました。

 そのセンスで、プロレス技も、私にかけるくせに……。


「監視員交代して、今日は、もう、僕は、あがりだ。相撲、やらないなら、帰るとするか」

 カッパーさんは、川の中のグリズさんとリクちゃんに目をやっては、「相撲、とればいいのに。相撲」とぶつぶつ言いながら、林道のほうへと歩いていきました。


 と、大きなオニヤンマが、私の前を、ついと横切りました。

 私は、それを、ちょっと目で追いながら、お姉ちゃんに言いました。

「お姉ちゃん。私、水着に着替えてくる」


「ええっ! 泳ぐ気? 倒れたのに、今日はよしなさいよ」


「大丈夫、大丈夫。ジョンソンさんのおにぎりも食べたし。元気、モリモリ」

 私は、言い終わらぬうちに、走りだしました。



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