74✦☾力強い味方……?
その日、私は慌てた足取りで、再び王宮内の教会にやってきていた──なんだかもうすっかり常連となり、王宮裏門の門番たちにも、完全顔パス状態になりつつある。
「ごめんねェ、シアナちゃん」
エリヤ様はしれっとした表情で、ひらひらと手を振った。
「どうしても……難しいのでしょうか」
ようやっと、王宮に使用人として出向し、宝庫の管理文書について調べる段取りが出来上がったところで──、いきなり計画は頓挫することになった。
閲覧をお願いしていたエリヤ様とゼーラ様が、王宮の他のお仕事のため、協力が難しいということになったのだ。
「うーん、普段はヒマしてるんだけどネ、たま~に上が嫌がらせみたいな仕事を振ってくるんですナ」
当たり前だけれど、私への手助けはあくまでお二人の厚意……、無理を頼めるようなものではない。
しかし──、他にこの件で協力をお願いできる学術師など……。
(仕方ない、こうなったらやはり私が自分で──)
「“やはり私が自分で閲覧するしかない”って顔していますね……。まあ、シアナさんのこと、どうせそうなると思い、代理は用意しました」
「えっ……」
ゼーラ様の言葉に、思わず声が出てしまった。
(代理──?)
「こちらへ、ヨナ」
エリヤ様の言葉で、ぴしりとした姿勢で前に出てきたのは、ゼーラ様と同じく黒い肌に、バラ色の瞳をした女性──少女と言ってよいかもしれない──の神官だった。
白を基調とした神官の制服に、黒い髪と肌が映える。
(この方は、もしや……)
「私の妹です。ヨナ、挨拶を」
(やっぱり、ゼーラ様の血縁者。よく似てらっしゃるわ……)
豊かに波打つ黒髪は、肩の上で切りそろえられている。キリっとした意志の強そうな瞳も、ゼーラ様によく似ていた。
「自分はヨナと申します!兄と師匠が世話になっております」
「こ、こちらこそ。シアナと申します」
ぱきんと音がしそうなほど、きっちりとしたお辞儀に、慌てて私も腰を折る。
「あ、あの。ヨナ様に宝庫の資料の閲覧をいただけるのでしょうか……」
「はい!一応学術師やらせていただいてます!!自分ふつつか者ですが、よろしくお願い申し上げます!!」
(れ、礼儀正しい方だけれども、その挨拶はこの場面で正しいのかしら!?)
「ヨナは、若いですが優秀な学術師ですヨ。お役に立つでしょう」
「やだなあ師匠!恐縮です!!」
(若いって……、エリヤ様と同い年くらいにしか見えないけれど)
エリヤ様って年齢を超越しているというか、自分が十代くらいの若者って意識がないように見えるのよね。
「ただ、我らとて、特段の理由なくいつでも閲覧できるわけではないので……」
ゼーラ様はやや不安そうに呟いた。
「はい!そのためにも、私がわざわざ出向するのですわ!」
「……この間は、出向はたまたま、とおっしゃっていませんでしたか」
「た、たまたま……ですわ!」
ぴくりとゼーラ様の眉根が動いたのを見て、必死で修正する。
「ええと、その、──清掃中に、内容の確認をお願いすることがあるかもしれませんので……その時はぜひ、よろしくお願いいたします」
「なるほどなるほど、確認の必要が……できる予定があるわけですナ」
「ええまあ……」
「了解しました!その時には自分が向かわせていただきます!」
敬礼でもしそうな勢いである。
ヨナさんを見ていると何かを思い出す……と思っていたが、あれだ。前世の部活動。
(ノリが体育会系……)
予想外ではあったけれど、思わぬ力強い味方が増えた──ということなのだろう。
(あまり神官の知り合いを増やしたくはなかったけれど……、ゼーラ様の妹君で、エリヤ様の弟子ということなら、まだしも安心かしら)
少なくとも、私がこっそり閲覧する……よりは大分マシだろう。正攻法でとレオネル様ともお話していた矢先でもある。
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そしていよいよ、王宮でのお勤めが始まった──。
以前もアンナとして仕立て室を中心に出入りしていたが、今回は王宮の離れにある宝庫の隣、資料管理室が仕事場となる。
(これなら、アンナを知る使用人とは顔を合わせる心配もなさそうね)
それにしても……。
「ここも、絢爛なこと……」
王宮の中庭を抜けた先、回廊の陰にひっそりとたたずむ離れの建築──。白く磨かれた壁面には過剰な装飾はなく、均整の取れた柱と控えめな浮彫が、かえって荘厳さを感じさせる造りとなっていた。
屋根は低く、重心を落とした造りで、風雨に耐えるためか他の建物よりも堅牢に見える。
小さな高窓には厚い鉄格子がはめ込まれていた。
「あれがきっと宝庫ね。資料管理室は……」
周囲を見回していると、少し離れた場所から、こちらに向かって控えめに手を振る人物が目に入った。
近づいてみると、それは使用人らしき女性だった。
(王宮付きのメイド様かしら?)
穏やかな丸みを帯びた顔立ちに、年季の入った落ち着き……、見るからに仕事ができそうである。
「今日からお手伝いに来てくださる、セラヴェル家の方かしら?」
「は、はい!シアナと申します。このたびはお世話になります」
「助かりますわ!!なぜか急に資料管理室の大掃除をすることになって……全然人手が足りなかったのよ」
おそらく、レオネル様の差し金だろう──。そう思っていると、愚痴には続きがあった。
「宝庫の方も全部総ざらえで整理するってことで、学術師の方々まで呼び出されて──、いくら教会でも、気まぐれでそんなこと思いつかないでいただきたいわ!」
(あ、あら?レオネル様ではなく……教会の方?)
「教会の方のお申しつけ……なのですか?」
「ええ。王宮といっても、王はしょっちゅう外遊で不在だし、王子は臥せってらっしゃるしで、威張ってるのは神官ばかり……と、これは内緒にしておいてね」
いたずらっぽく笑って、人差し指を立てる。
(やっぱり、ここでも神官は嫌われているのね……)
横柄な態度を取る者が多いのだから、無理もないのだろう。
──もっとも、私にとっては都合がいい。
一緒に働く人たちが神官と親しくないという事実は、余計な詮索や、無用な繋がりを避けるうえで、むしろありがたかった。
(何かしらボロを出して、報告されたりすると困るもの……)
そんなことを考えていると、女性は木造りの重厚な扉を開く。
「さあ、資料管理室はこちらですわ!」
扉を開けた瞬間、ひんやりとした空気が流れ出した。外の気配はすっと遮られ、内部は驚くほど静かだ。
壁一面に並ぶのは、背丈の高い棚──普段は古い帳簿や巻物が整然と収められ、革と紙の匂いがほのかに漂っているのだろう。
しかし、今日はその合間を縫うように、数人の使用人たちが行き来している。
書類を抱えて足早に棚へ向かう者、棚から巻物を取り出す人……、急遽始まった大掃除に、忙しそうだ。
「シアナさんには……」
女性がそうつぶやいている間にも、私は素早く管理室内に目を走らせた──。
(まずは、あれを確認したいわ)
ひときわ整然と並んだ一角——背表紙に細かな番号が振られた目録の棚が目に留まる。
「私は、あのあたりから始めさせていただきましょうか」
「ええ、それがいいかしら。……まずは巻数が揃っているのを確認してもらいながら、棚の
外に全部出して……」
段取りの説明を聞きながら、私はどういう理由付けをしてヨナ様に閲覧をお願いすれば良いか、必死で考えていた。




