73✦☾セラヴェル家の攻略対象
私はエリヤ様とゼーラ様へのご協力依頼が成功したことを、お嬢様に報告する。
とはいえ、お嬢様はお二人のことはほぼ知らないに等しかった。──確かに、エリヤ様とは舞踏会で一度少しお話したきり、ゼーラ様とは一面識もないのだから当然だ。
「お二人には、本当の事情は申し上げておりません。あくまで宝飾品の参考のため──ということでご協力をお願いしました」
「それで協力くださるなんて、学術者って案外ヒマなのね」
呑気にそうつぶやくと、お嬢様はまたしてもぷっくり膨れている──。
どうやら私の出向について、セズネイ様やセラヴェル伯の許可を取り付けるのに苦労しているらしい。
(そ、そういえば前回の“アンナ”の時は、本当にお嬢様の許可だけで動いてしまったのだったわ……)
今思えば、かなり危いことをしていた……って、それは今回も同じなのかもしれないけれど。
(なるべく正攻法で──というなら、少なくともセラヴェル様の許可は得ておかないと)
「お父様ってば、王宮はダメの一点張りなのよ!」
私は、王宮図書館で調べた内容を思い出した……、セラヴェル家は代々、王宮とは一定の距離感を保っている。
それが関係しているのかはわからないが……。
「お嬢様、私の出向の理由については、かねて打ち合わせていたとおり、“王宮にて見分を広めメイド長としての勉強をするため”ということでセラヴェル伯にはお伝えを?」
「そうよ!王宮ではきっと、豪華なドレスを着たご婦人も多いでしょ、そこでわたくしのドレスにふさわしいセンスを身に着けてほしいって言ったんだけれど、全然ダメ!」
(た、確かにその理由では……、ちょっと厳しいかもしれないわ!)
私はじっと考え込んだ……。
セラヴェル伯やセズネイ様を攻略するには……、まずあのお方から攻略した方が良いかもしれない。
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私はそっとアデリーナ様の部屋をノックした。
「お入りなさい」
静かな声で返答が返って来る
──そう。困ったときのアデリーナ様だ。
とはいえ、アデリーナ様とて簡単に許可をくださるような方ではない……けれども。
(アデリーナ様なら……、きっと理解してくださるだろう理由があるわ)
アデリーナ様はいつものように、大きな机の上で静かに本を読んでおられる。ドアを開けた私を見ると、モノクルを押し上げて、かすかに頷いた。
私はそっとお辞儀をすると、相談を持ち掛ける。
「……王宮での、文書管理方法の勉強、ですか」
「はい」
アデリーナ様の知的な瞳に、かすかにきらめきを感じて、私は内心「いける!」と思ってしまった。
「セラヴェル家には充実した図書館がございます。……今後何百年にもわたり、後世に伝えてゆくべき書物も多く保管されています。それを代々守るのはセラヴェル家の重要な義務の一つかと存じます」
「ええ、当然です」
「しかし……、本を長く守る方法に詳しい方は、現在のセラヴェル家にはいらっしゃいません」
本の頁をめくる手を止め、アデリーナ様はその指をそっと顎にかけた。……アデリーナ様が考え込むときの癖だ。
「そうですね……。建物に関しては一新しましたが、本自体の保管管理については、私もセズネイ様も専門知識があるとは言えません」
前世での司書や保存修復士にあたるような役職の人間が、セラヴェル家にはいない──、これは前々から少々気にかかっていたことでもある。
なので、まったくの嘘というわけでもなかった。
「王宮……しかも宝庫の管理文書となれば、この王国でも最上級の保管方法がとられているかと存じます。おいそれと部外者が立ち入ることができない場所ですが、清掃員という立場でその管理方法を学び、セラヴェル家の蔵書を守るお役に立ちたいと考えております」
「なるほど……」
(好感触だわ!やっぱりアデリーナ様には本の話が一番響くわね)
エリヤ様達には、宝石のお話が一番響くかと思ったのだけれど……、逆方向に響きすぎていたような気がするわ……。結果的に了承を得られたから良かったけれど。
「また、宝庫には王国きっての美しい秘宝が保管されていることでしょう──お嬢様に素晴らしいドレスや装飾品を用意し続けなければならないメイド長としても、得難い経験になるかと」
「確か、近衛騎士殿がじきじきにお声がけくださったと」
「はい。以前郊外でお助けいただいたご縁などがあり、清掃員を募集するにあたって、見分を広める機会になればとおっしゃってくださいまして」
頷きながら、アデリーナ様はわずかに口角を上げる。……これはかなりご機嫌なしるし!
「そのような幸運は、そう何回もあるものではありませぬ……。わかりました。私の方からもセズネイ様やセラヴェル様にお伝えいたしましょう」
(やったわ!!攻略成功!!)
「ぜひ、お願いいたします!」
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しかし──。
私はセラヴェル様の部屋で、深く頭を下げていた。
伯の隣には、お嬢様とアデリーナ様、セズネイ様もいらっしゃる。
「ならぬ」
セラヴェル様攻略の壁は高かった──。
「どうしてよ?そんなに長い間じゃないわ。数日程度よ?」
「期間の問題ではない」
お嬢様は激甘のセラヴェル様だが、今回は引いてくれる様子がない。
「お屋敷のお役目でしたらソリーナを中心に手筈を整えてございます。子ども達も大分お屋敷の業務に慣れ、メイド見習いとして役に立ってくれるように……」
「そうではない──」
眉間に指をあて、セラヴェル伯は悩ましい表情をされている……。
私は一か八かの賭けに出た。
「……今、セラヴェル家のメイドが、王宮に出入りするのは良くない理由でも──?」
「誰もそのようなことは言っておらぬ!」
思ったよりずっと強い反応が返ってきて、かえって驚く。
……セラヴェル様は厳格だが温厚なお方だ。使用人相手に声を荒げることなど滅多にない。
「……セラヴェル様。今回の申し出、王宮付近衛騎士殿から直々のお声がけとのこと……それをお断りするならば、それなりの理由が必要かと」
(アデリーナ様、ナイスカバー!!)
「それも妙なのだ……。なぜ今……」
そこでふと、セラヴェル様は言葉を止めた。
……それは、あまりに小さな声で、私にしか聞こえていないかもしれなかった。
「今だから……なのか?」
そして、なぜかセラヴェル様は、お嬢様に視線をやった。
お嬢様は、甘々お父様がお願いを聞いてくれなかったことにまだ立腹してるらしく、ほっぺがぷっくーのまんまである。
(可愛い!!……けれど、あのセラヴェル様がこの可愛さにも揺らがないなんて……、よほどのことなのかしら)
たかが、と言うと語弊があるかもしれないが、メイドの一人が王宮で清掃のお手伝いをするだけのことが……?
──しかし、それっきりセラヴェル様が黙り込んでしまったため、その時の交渉はそれきりとなった。
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その数日後──。
朝食を終え、片付けに入ったところで、お嬢様がすれ違いざまにつぶやいた。
「お父様から出向の許可が出たわよ」
「えっ、……本当ですか!?」
半ばあきらめかけ、他の方法を考え始めていた矢先──突然セラヴェル様の許可が出たのだ。
「なんでも、よくよく考えて、アデリーナやシアナの言うことももっともだとご判断を変えたそうよ。──なんで娘のわたくしの意見は取り入れないのよ!」
お嬢様はぷっくーのまんまだし、セラヴェル様にどういう心境の変化があったのかもわからない……が、それでも許可は許可だ。
(セラヴェル様の気が変わらないうちに……行くわよ!!)




