71✦☾どこにも無いはずの物
お屋敷に戻ってからというものの、私は悩みこんでいた。
『宝庫の管理文書の閲覧権限は、王宮付学術師のみ──』
レオネル様の言葉だ。
協力してくれそうな……というか、巻き込めそうな学術師様は、レオネル様にも心当たりはないらしい。
(そりゃそうよね……。この経緯自体、とても人に話せるようなことじゃないもの)
しかし私が使用人として清掃員になったところで、閲覧ができないのなら意味がない。とはいえ勝手に見るような危ない橋はさすがにもう渡りたくない……というか、おそらく不可能だろう。
なるべく正攻法で、と言うならば。
「王宮付学術師の知り合いは、いるといえばいる──」
(ただ、学術師であると同時に神官だから、できるだけ頼りたくなかったのよね……)
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「王家の秘宝について調べたい──、ただし王族には内緒に……?」
ゼーラ様が眉毛をぴくつかせている……。
「またヤバいことに、ボクらを巻き込もうとしてますねェ」
エリヤ様も、相変わらず本の山の中から、ひょいと顔を出した。
──私はまたしても、王宮内の教会に来ていた。
「あー、あの……けっしてやましい目的ではないのです」
言い訳がましく私は笑みをひきつらせた。
(とはいえ、さすがに本当のことは言えない──!結局、嘘を吐くことになるのよね……)
「“宝石”……という物について知りたいのでございます。エルトリア王国では見かけませんが、他国にはあるらしく……」
以前、お嬢様は確かそのようなことをおっしゃっていたわ。この国では見ないけれども、宝石自体は普通にあると。
「王家の秘宝ならば、きっとそういった物もございますでしょう。当然私などがじかに見ることはかなわないでしょうが、せめて資料を調べて、入手経路などの参考にできればと……」
ちょーっと苦しい言い訳かしら……?と思いつつ、そーっと二人の様子をうかがうと……。
ゼーラ様は完全に両手に顔を埋めてため息をつき、エリヤ様はただただ苦笑していた……。
「あの、もちろん私は資料の閲覧もできないので、お二人から内容を聞ければ嬉しいなー……と……」
(さ、さすがに無理か……?)
「シアナさん……、あなたほんっとに、私達の説明も忠告も、一切頭に残っていないのですね……」
ゼーラ様の目が怖い──!!
「あ、あの、宝石といっても制作は(今は)いたしませんわ!ただ外国や他の大陸からでも、入手ができればと……。作らないなら教会の製作所と競合もいたしませんわよね?」
「そういう問題ではないです」
「シアナちゃん。そんなことのために、わざわざ宝庫の管理文書を……?」
ゼーラ様が即答し、エリヤ様も薄く凍った色の瞳を細め、見透かすように見つめてくる。
見た目からしても私より年下の方なのに、この威厳は本当に何なのかしら……!
「学術師様にはドレス装飾なんてくだらない物かもしれませんが、令嬢付きメイド長の私にとっては重要な仕事ですわ!」
これはこれで本音である。私も前世は学者だった──本当に端っこの端くれだったけれど。しかし、学者の仕事と同様に、今の仕事にも誇りを持っている。
確かに宝石入手経路云々はただの言い訳だけれど、私にとっては“そんなこと”ではないのだ。
「王宮図書館ですら、宝石に関する本は一切見つけられず……。残るは宝庫くらいしか思いつかなかったのですわ」
これも本当だ。
さすがに王宮図書館には、一冊くらい宝石や鉱物加工に関する本があるだろうと期待していたが……本当に一冊も無かった。
すべて教会が管理しているのかもしれない。
(いくらなんでも独占が徹底しすぎているわよ……!本当ケチだったら)
「どうしましょうねェ」
「でもどうせ、私たちが止めたり断わったところで、間違いなく実行しますよ、シアナさんは」
また二人だけでヒソヒソしている……。そして絶対何か悪口を言われている……。
「あのぉ……、ちょうど、たまたまなのですが、私、このたび王宮に出向し、管理文書の清掃係の仕事を兼任することになりまして。まあ、それで思いついたっていうか」
念のため先に伝えておくと、二人はあきれ果てた目で私をしばし見つめた。
「絶対たまたまじゃないですヨ……」
「怖……。やる気満々で準備を進めてるじゃないですか」
「あの、全部聞こえてます……っていうか、聞かせてますよね」
私がそういうと、エリヤ様は本の山抜け出ると、椅子にこしかけて足を組む。
そして大きくため息をついた。
「まァ、毒食らわば皿まで。──勝手をされるよりはマシですから、付き合いまショ」
「ありがとうございます!!大親友エリヤ様!!」
「……今ちょっとだけ、親友になったことを後悔してますヨ……」
いつも飄々としているエリヤ様が、今日はちょっと悩まし気な様子だ。ゼーラ様に至っては、もはや頭を抱え込んで動かなくなった……。
(そ、そんなに落ち込むようなお願い事だったかしら?)
別に秘宝を盗みたいとか宝庫に入りたいとか言ってるわけじゃないのに……。
ともあれ、これで資料の確認はなんとかなりそうだ。
二人に何度もお礼を言いつつ、教会を去ろうとした時──、ふいにエリヤ様が私の背後でつぶやいた。
「シアナちゃん。これだけ言っておきますヨ。“宝石”は現在──王国はもちろん、外国にも他の大陸にも一切ないはずです」
(え……?)
「今は存在しないことになっている物なんですナ。──なので」
エリヤ様はすぅっと近づくと、私の目をじっと覗き込んだ。
「……決して。神官のいる場所で、その名詞を口にしてはいけません、ヨ」
その言葉を残して、いつものように不適な笑みを浮かべる。
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(……どういうこと?)
首を傾げつつ、私は屋敷への道を歩く。
「確か前にお嬢様は、この国以外には普通にあるような口ぶりで……、私の記憶違いだったかしら?」
それに、エリヤ様のおっしゃることが本当ならば、……”宝石の入手経路を知りたい”という私の目的が叶わないことは、最初からわかっているはず。
それでも、私の願いを聞いてくれたのは……なぜ?
(ひょっとしたら、本当の目的は別にあることも、バレているのかしら……)
あの気さくな雰囲気に、ついいつも気を許してしまうけれど……、やはり油断ならない方なのだわ。
「それに、全大陸を通しても宝石って物自体が無いなんて……そんなことがあるのかしら……?」
教会が独占しているならまだわかるけれど、“どこにも無い”なんて……?
「どんな文化圏であれ、綺麗な石があれば磨いたり装飾に使いたくなるのは、人の常だと思っていたけれど……」
(どこにも無いなら……、やはり、いずれは自分で加工したいものだわ)
私は呑気にも、そんなことを考えながら、屋敷へと戻ったのだった。




