70✦☾新たな出向計画
レオネル様やアシュレーン家を通しても噂の元にたどり着けず、王族に接触するのも難しいならば、真犯人をたどる道は途切れてしまう。
(その時点で、王族関係者が真犯人──と言うようなものではあるけれど……慎重に追っていかないと、ただの逆賊になりかねないわ)
それならば……。
「王子もユーテリア様も潔白ならば、次に怪しむべきは“星々の標盤”という王家の秘宝ですわ。あの秘宝がユーテリア様を指し示すのは、あの場にいた全員がはっきり見ております」
私の言葉に、フレイリア様が一瞬、その瞳に怒りを宿らせる。
「レオネル様、そちらを調べることはできないのでしょうか?」
「私もそれは考えたが……。王家の秘宝は、王宮内の宝庫に保管されており、王族以外は入ることも難しい」
「では、宝庫の管理文書の閲覧権限は?」
そう訊くと、レオネル様ははっと顔を上げた。
「閲覧は……王宮付の学術師のみに許可されている。が、日々の清掃や手入れならば王宮付きの使用人がこなしているはずだ」
(王宮付の学術師……、二人ほど心当たりがあるわね)
「その使用人に、私を推薦いただくことは」
「シアナ殿はアンリークには顔も名前も割れているが……、今はアンリークも臥せっているし、清掃の使用人まで王子の目が及ぶこともあるまい」
お嬢様の顔を見ると、呆れ半分に肩をすくめた。
「わたくしを中傷した真犯人を見つけるためってことなら、仕方ないわよ」
(またソリーナやメイドの皆に迷惑をかけることになるけれど……、他の人を巻き込めない以上、私がやるしかないわ)
お嬢様とレオネル様が顔を見合わせて頷いている中、……わざとらしいため息が響いた。
「なるほどね。──例の舞踏会の時にも、こうやって皆して、お姉さまを騙したわけね」
フレイリア様が腕を組むと、どこか冷めた目でつぶやいた。
「そのとおりで弁解しようもございません。……ただ、今回は名前や身分を偽ることはいたしません」
そう申し上げた私を、フレイリア様は睨みつける。
「“今回は”って……よく、私の前で堂々と言えたものね」
「目的によっては手段を選べないことがあるのは否定できません」
それは事実だ……。もしお嬢様をお守りするためにどうしても必要ならば、私はやらざるを得ない。
「あなた、よくも……」
「そこまでにして!」
フレイリア様が立ち上がろうとした瞬間、お嬢様がダンとテーブルを叩いた。
「フレイリア様、あなたお姉さまを助けたいんでしょ?だったら今は不毛な喧嘩してる場合じゃなくてよ」
珍しくお嬢様が他人を宥める側に回っている!
(自分以上にヤバ──もとい、素直で気のお強い令嬢を前にすると冷静になるのかしら?)
「シアナも正直なら良いってもんじゃないわよ!このひねくれたじゃじゃ馬娘に、馬鹿正直に本音言ってもしょうがないでしょう?」
(違ったわ!)
「誰がひねくれたじゃじゃ馬娘よ!?」
「お嬢様、何でも正直に言えば良いってもんじゃないですわ!」
(しかも言葉選びが絶妙に昭和……!なぜですの!?)
「あなた方、二人してわたくしを馬鹿にして……!」
カップを投げつけかねないフレイリア様と、ソーサーで応戦しかねないお嬢様の間に、レオネル様が慌てて割って入った。
「……あーその、令嬢方にシアナ殿……、あなた方に腹芸ができないのはよくよくわかり申した……。なるべく正攻法で参りましょう」
レオネル様の顔面に“人選を誤った”と書いてある気がする……。
(そういえば、ユーテリア様の妹君をお誘いできないか相談したときに、レオネル様は一瞬躊躇したわよね。今ならよくわかるわ……)
あの、風に揺れる花のようなユーテリア様の妹君が、まさかこんな鉄砲玉のような激情娘だとは思いもよらなかったわ!
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ともあれ、いったん場は解散──。
私はレオネル様に宝庫の管理文書に接近できるよう、使用人として推薦いただき、お嬢様を通してセラヴェル家から再び出向する算段をつける。
フレイリア様には、アシュレーン家内でユーテリア様を中心に情報を集めていただく。
ひとまずはそういう話に落ち着いた。
レオネル様はフレイリア様を屋敷までお送りし、私たちも同じ馬車で屋敷の近くまで送っていただくこととなったが……。
私は、地下室を出る際、レオネル様やお嬢様に見えない場所で、フレイリア様を呼び止めた。
「フレイリア様。……こちら、御返しいたしますわ」
トルドー家の客間で彼女の手から叩き落したナイフを渡す。──血はちゃんとふき取っておいた。
「い、いらないわよ……!」
「いえ。私も処分に困りますので。……あと」
私は一層声を潜めると、フレイリア様を見つめた。
「ユーテリア様を騙したことは反省しております。その心に偽りはございません……しかし、申し上げたようにそれは私の独断。──この件が落ち着いたあと、まだ復讐をお考えの際は」
私は、ナイフを自分の胸に向けた。
「私だけを、真っすぐお狙いください」
「……何を……!?」
一瞬怯えた様子でフレイリア様は身体をこわばらせるが、私は視線を外さない。
「例え発端が私の為したことであれ、次にお嬢様を狙ったら、私は……自分でも何をするかわかりません」
「わ、わかったわよ!!」
逃げるように私の前から走り去ったフレイリア様は、結局ナイフを受け取ってはくれなかった。
(……なんとか、平和におさめたけれど)
私は、手に残ったナイフを握りしめる。
フレイリア様が、このナイフでお嬢様を狙っていると気が付いた瞬間の、言葉にもできない恐怖と怒り──。
大事なお嬢様を狙われたのだから、当然ではあるけれど……、それだけでは説明がつかないほどの、凄まじい感覚が身体を走り抜けた。
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「シアナ、あなた顔が鬼のようになってるわよ?」
「えっ」
馬車に乗り込もうとするとお嬢様が整った眉をしかめる。
慌てて人に戻ろうと顔をこねくり回していると、小声でささやかれた。
「今日……、助けてくれた礼は言うけれど、今後無茶をしたら減給よ!減給!」
「は、はい!」
ぷっくーと膨れた頬をつつきたい欲望と戦いつつ、私は苦笑した。
減給ごときでお嬢様を助けられるなら、いくらでも無茶をするわ!!……ま、まあ、あんまり減らされても困るけれど……。
──のちに、レオネル様を通して、フレイリア様が「あの場で殺されるかと思った。あんな殺人鬼のような目をしたメイドだなんて聞いてない」と愚痴っていたことを知ることになるが、それはまあ、どうでもいい話……。




