69✦☾地下の秘密会議
レオネル様の馬車で連れてゆかれた先は……、いつもの小さな店の、さらに地下の一室だった。
「貴族の御令嬢をお連れするような店ではないのですが……、ひとまず人目を気にせず話せる場所がここしかなく、ご容赦を」
「悪かったね、粗末な店でよ」
不愛想な店主はそれだけ言うと扉を閉じる。
(この店主さんの声を初めて聞いたわね)
そんなことを思いつつ、地下の部屋を見渡す。
殺風景な八畳ほどの部屋に、大きなテーブルといくつかの椅子……店というより、会議室のようだった。
「シアナ殿。手を怪我されているようですが、どうされました?」
「え?ええ……。誤って切ってしまいましたけれど、ごくかすり傷ですわ」
レオネル様に曖昧な笑みを見せると、フレイリア様が顔を赤くしてそっぽを向いた。
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席について店主が置いて行った茶を一口飲んで落ち着くと、レオネル様はため息交じりにつぶやいた。
「フレイリア様……、確かにお茶会のお誘いがあればなんとか出られませぬか、というお話はしましたが、まさかその足で乗り込まれるとは」
「当然でしょう。以前からセラヴェル家に直接伺いたかったけれど、お父様から厳しく止められていたのです。こんなチャンスを逃しはしませんわ!」
フレイリア様はカップを乱暴に置く。
「あら、来ていただいても良かったのに。どうせお会いする予定ではあったので、それが早まっただけですわ──うちのメイドを傷つけたことには寛容になれませんけれど」
お嬢様も質素なカップを丁寧に持ち上げつつ余裕で微笑む。それを睨みつけるフレイリア様……。
「え……、シアナ殿のその傷はまさか……。フレイリア様……!?」
焦るレオネル様を、慌てて私はごまかす。
「た、たまたま、フレイリア様がお持ちのナイフが当たってしまっただけですわ」
「い、一体何が……」
「そんなことよりも、予定より早まりましたが、フレイリア様にお訊きしたいことがございますわ」
そう、そんなことを話している暇はないのだ──私は、話を先に進める。
レオネル様も、やや戸惑いつつも、例の“孤高の舞踏会”までに何が起きていたのかをフレイリア様に簡単に説明した。
「私もシアナも、中傷事件の真犯人は別にいると考えていますわ。お姉さまもそうおっしゃっていたのでしょう?──その者を捕えたいのよ」
お嬢様が上品にカップを置くと、改めてフレイリア様を見つめる。
「はい……、フレイリア様とはそのお話をしたかったのでございます」
私もそう言って頭を下げるが、フレイリア様はまだ納得いかないようだ。
「そんな、今さら……よくもいけしゃあしゃあと!」
「だから、お姉さまを断罪したのは王家の秘宝ですってば。わたくしに敵意を向けるのは間違ってましてよ」
半ば呆れつつ、お嬢様が繰り返した。
「そう──そこが問題なのだ」
レオネル様が深くため息をつく。
……確かに、別に真犯人がいるならば、あの秘宝は何だったのか──。私もそこは気にかかる。
「ま、まさか……、あなた方、アンリーク王子をお疑いなの!?」
「それはない。私とてアンリークの幼馴染。彼の人となりはよく知っている……ユーテリア嬢を陥れるようなことをするわけがない」
フレイリア様の言葉を、レオネル様は即座に否定した。
「事実……アンリークはあの夜のショックで倒れ、意識不明が続いた……。医術師も確認しており、詐病ではない。……今も体調を崩したままだ」
「ということは、誰かが秘宝に細工をしたか……、秘宝自体が壊れていたか、ですわね」
私も考えこむ。
「何にせよ、真犯人が見つかるまでは、まだユーラシア様の無実も証明されなくってよ」
「ユーテリアよ!!ふざけないで!!」
お嬢様の言葉にフレイリア様が噛みつく。
(気持ちはわかりますが、お嬢様はふざけているわけではなく、普通に間違っているのですわ……!もちろんそれも失礼ですが……)
と、言うわけにもいかず。
(そろそろ本題に入らせていただくわ!)
「フレイリア様。単刀直入にお訊きしますけれど、お姉さまはお嬢様に関する中傷──精霊の加護がない──という話を、どなたからお聞きになられたのでしょうか」
フレイリア様は黙って首を横に振る。
「……お姉さまは、それは話せないと……」
「では、王族で特にお姉さまと親しかった方を教えてください。アンリーク王子とヨルテル様ご夫妻……他には?」
「……なぜ、王族なのよ?」
いぶかしむように、フレイリア様は疑いの目を向けてくる。
「……今回の追放の話を出したのが、ヨルテル様だと伺ったからだ」
「まさか!ヨルテル様は、お姉さまにとって兄同然──あんなに可愛がってくださった方が、どうして……」
「私もそう思うからこそ、シアナ殿に頼んでまで動いてもらっているのだ。……私自身が動いては目立ちすぎる」
「なんでこの人なのよ!?……レオネル様もどうかしているわ。お姉さまを騙した方に……!」
その疑問はもっともではある。
「……だからこそ責任を感じております。また、お嬢様を中傷した真犯人がいるなら、野放しにするわけにいきません」
私は再びフレイリア様に頭を下げた。
「シアナ殿の、スティラ様に対する忠誠心は異様……いやその、非常にお強い。我々と目的が一致している」
(今、“異様”っておっしゃったかしら?)
しぶしぶといった様子でフレイリア様は、ようやく話を進める気になったようだった。
「……レナウェア様」
ぽつりと呟く。
「レナウェア様……」
レオネル様もはっと顔を上げる。
……その名前は確か、トルドー婦人のメイドからも聞いたことがある。
しかし、セラヴェル家で学んだ中には無かった名前だが……。
「レナウェア・エルトリア様……、アンリーク王子のお兄様ですわ」
「え……!?アンリーク王子にお兄様がいらっしゃったのですか?」
それなら第一王位継承者のはず。私が、というより王国の者が知らないわけないが……。
「──レナウェア様はアンリークとは異母兄弟だ。……また、アンリーク以上に病弱で、ほぼ寝たきりに近く、表舞台に出られたことが無い」
異母兄弟……つまり王妃ではなく側室の子というわけね。しかも寝たきりになるほどご病弱なら王位継承からも外れるだろう。
(それにしても、第一王子がいたなんて初めてお聞きしたわ……。私が無知なだけなのかしら)
「お姉さまは、外にも出られないレナウェア様を気遣い、幼い頃からよく遊びに行っておりましたわ」
そういうところからも、ユーテリア様のお人柄が知れる……。
「じゃあ、その方が真犯人ね!ユーラ……ユーテリア様に横恋慕したのよ!それがうまくいかないもんだから、腹いせに!」
「そ、そんな短絡的な……。レナウェア様は私も存じているが、やはりそのようなお方ではありませぬ」
「じゃあ、ヨーデルとか言う叔父様が犯人よ!その人が追放を言い出したのでしょう?わたくしをダシにしてユーテリア様を陥れたのだわ!許せないわね!」
(ヨーデルはアルプスですわ!もうめちゃくちゃですわよ)
「ヨルテル様もそのようなお方では……。とにかく、すべてがおかしいのです。何かが王宮内で起きている──そんな気がしてなりませぬ」
暴走するお嬢様の安易な推理を、レオネル様が慌てて止める。
「レオネル様から、直接ヨルテル様やレナウェア様に接触することは難しいのですわね?」
(それができるなら、私なんかに頼みやしないわよね……)
そう思いつつも、念のため確認する。
「ああ……。俺が介入すると、なおさら相手を頑なにさせるだけという可能性が高い」
「フレイリア様は。……お姉さまが懇意にしていた間柄ならば、なんとかなりませんか?」
フレイリア様はぐっと黙り込む。
「……実はわたくしも、お父様には外出を止められているのですわ。今日は窓からなんとか抜け出しましたけれど、おそらく屋敷に戻れば窓にも厳重に鍵をかけられますわ」
「それで、私が使用人に口止めして慌てて追いかけたのです。……私もアシュレーン家にはしばらく出入りできないかもしれませんな」
レオネル様が苦笑する。
(窓から、このドレスで!?──その行動力にこの性格じゃ、謹慎も無理もないわね……)
なぜか、いつもお嬢様に振り回されているエヴァルス様の顔が思い浮かんだ……。
「アシュレーン伯や奥方様は今回の件、どうおっしゃっていますの?娘が冤罪で処罰されかねないのですわよね?文句の一つもあるかと思いますけれど」
お嬢様が訊くが、フレイリア様はまだお嬢様とは目を合わせようとしない。なかなかの意地っぱりだ。
「お母様は事件を知るなり気を失い、今も臥せっておりますわ。お父様は……、」
うつむいてフレイリア様は、豪奢なドレスを握りしめた。
「何を考えてらっしゃるかわかりませんわ……。ただこの件について、家の者は一切動くな、何も言うなと厳しく戒厳令をしいて、お姉さまやわたくしが何を言っても、聞く耳を持ちません」
「……アシュレーン伯も、何かの異常に気がついておられるのかもしれませんわね」
私はそう言ってレオネル様を見た。レオネル様も黙って考えこんでおられるようだ……。
(アシュレーン家の方に接触できれば、何か進展するかと思ったけれど……、これでは結局行き詰まりね)
ただ、アシュレーン家の方でも何か異常事態が起きているのはわかった。
「……そうなると、別方向から行動するしかないかもしれませんわね」
私がそう言うと、フレイリア様とレオネル様、お嬢様も一斉にこちらを見た。




