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68✦☾炎のような来襲と大惨事のお茶会

トルドー家の屋敷では、穏やかな時間が流れていた。


あくまでささやかな訪問ということで、メイドは私とマーシアの二人だけがお供し、あとはお嬢様と子ども達だけでお邪魔することとなった。


子どもたちが気兼ねなく楽しめるよう、トルドー家にもなるべく使用人を少なくしてもらい、気軽な雰囲気を作っていただいていた。


そのかいあってか、ココは久しぶりの再会となったトルドー婦人との語らいを心から楽しんでいる様子で、弾んだ声がこじんまりとした客間に柔らかく響いている。


メセナとヤーナは用意された軽食や菓子に目を輝かせ、テスタやレザ、イオも以前よりは警戒心も解けているようだ。


しかし、しばらく歓談した後……。


「もう、眠くなっちゃった……」


客間を無邪気に走り回っていたココが目をこすりながらそう言いだした。


「まあ、興奮してはしゃぎすぎたのね」


私とマーシアは顔を見合わせて苦笑する。子ども達は目いっぱい美味しい物を食べ、大満足のようだった。


「眠っちゃう前に、子ども達をお屋敷にお願いするわ」


マーシアに子ども達を託し、名残惜しそうなトルドー婦人と共に見送る。

必ずまた来ると約束して、ココは大きく手を振った。


私も、この後はトルドー婦人やお嬢様と腰を据えて話をしたいと思っていた。──アシュレーン家をどう扱うべきか、静かに相談する必要があったからだ。

ほどなく客間は大人だけの落ち着いた空気に戻った。


――その直後だった。

まるで入れ替わるように、思いもよらぬ客の訪問が告げられたのは。


突然、客間の扉が開けられたかと思うと、そこには若く美しい令嬢がいた。

──お会いしたことの無い方だ。


「あの……?」


思わずトルドー婦人を見る。

今日は私たちだけの訪問のはずだった。トルドー家の縁の方だろうか……?


しかし、トルドー婦人もぽかんとした表情をされている。

その令嬢は美しくカールさせた茶色い髪を揺らし、トルドー婦人に一礼した。


「お初にお目にかかります、トルドー婦人。わたくし、フレイリア・アシュレーンと申します」


──アシュレーン……!


(ユーテリア様の妹君だわ……!で、でもどうして……)


この方をお呼びするのは、次のお茶会のはずだった。レオネル様にもそうお話して、それとなく後押しをしていただく予定だったが……。


慌ててトルドー婦人やお嬢様と視線を交わすも、この状況を把握している様子はない。


「あ、あのフレイリア様……、本日はどういった……?」


トルドー婦人の言葉に、フレイリア様はあでやかに微笑んだ。


「本日、こちらでセラヴェル家のスティラ様をお招きするとお聞きしまして。ぜひ一度お目にかかりたいと思っていたものですから、無礼を承知のうえではせ参じました」


ユーテリア様と同じく美しく、──ユーテリア様の優し気な雰囲気とは真逆の、意思の強そうな眉に怒りをきらめかせた桃色の瞳、自信あり気に微笑む唇……。


一歩も引く気はない、といった様子を全身からにじませている。


「ええと……あの、ようこそお越しくださいました……」


とってつけたように挨拶をするトルドー婦人に目もくれず、フレイリア様はつかつかと、お嬢様に歩み寄る。

そして、お嬢様の前に深く頭を頭を下げた。


「お初にお目にかかります、スティラ・セラヴェル様。我が姉、ユーテリアの不始末により多大なご迷惑をおかけし、誠に申し訳なく……、」


そこまで立て板に水といった様子ですらすらと述べるフレイリア様だったが……、突然の非常識な来訪と流暢すぎる台詞に、不自然さを感じた私は、()()に気づいた。


──と同時に、フレイリア様は顔を上げ、ぎっとお嬢様を睨みつける。


「……なんて、微塵も思っていませんわ!」


突如、フレイリア様は懐に忍ばせたナイフで、お嬢様を襲おうとした──が、私は寸前に気が付き、フレイリア様の手からナイフを叩き落とす。

わずかにナイフが私の手をかすり、血が飛び散った。


「きゃあ……!」


トルドー婦人が悲鳴を上げ、人を呼ぼうとした……それを、私はあわてて止める。


「ただのかすり傷です!どうかそのまま」

「大ごとにはしたくありませんわ。シアナの手当だけお願いいたします。……他の方についてはお人払いを」


お嬢様も、そう小声でトルドー婦人にささやいた。

一人のメイドだけが私の手当をしてくれるために残る。……元々使用人は少なくしていただいたので、おそらく他の使用人の方には気づかれていないだろう。


「あなたが……お姉さまを騙したメイドですわね」


フレイリア様は憎しみを込めた瞳で、私を睨みつけた。


「あなた方に陥れられたお姉さまは……、毎日泣き暮らしておりますわ!!しかも追放の話まで──、絶対に許しませんわ!!」

「フレイリア様!落ち着いてくださいませ」


私の言葉には一切耳を貸さず、フレイリア様は怒りをにじませて叫ぶ。


「お姉さまは……、決して他人を中傷するような人間ではございませんわ!!あんなに心の美しい人はいない……、たおやかな花のような方ですのよ、その花を……、あなた方は醜い足で踏みにじった……!!」


お嬢様はフレイリア様に距離をとりつつも、冷静に語りかけた。


「何か勘違いなさっていない?あなたのお姉さまを断罪したのは王家の秘宝であり、アンリーク王子であって、わたくし達ではなくてよ?」

「それもあなた方が何かしたに違いないわ!!王子までも騙したのでしょう!?」


震えながら、フレイリア様は続けた。


「王子は……、お姉さまと想い合っていたのよ!?その王子がどうして……」

「えっ!?それ本当!?」


突如お嬢様が食いついた!


「お姉さまの思い込みじゃなくって?本当に交際してるって言ったの?王子が?」

「そ、そこまでは……、で、でも幼馴染だもの、きっとそうに決まってるわよ!!」

「幼馴染なんて、ただの古い友達よ!まだわたくしにもチャンスはあってよ!?」

「あるものですか!!何よ、ぽっと出のくせに!!」

「なんですって!?」


(な、なんだかいきなり女児同士の喧嘩みたいになってきたわ!)


このフレイリア様、どこかお嬢様を彷彿とさせるわ……。だからかしら、お嬢様を狙ったというのになぜか憎めない……。


しかし、この低次元な言い争いのおかげで、フレイリア様は少しずつ落ち着きを取り戻してきたようだった。

そしてやがて、座り込んだまますすり泣き始めた。


「お姉さまが……、お姉さまが追放されてしまう……!何もしていないのに、私の大好きなお姉さまが……」


フレイリア様を前に、私は黙って進み出た。


「フレイリア様、……まずお詫びさせてくださいませ。名と身分を偽ってユーテリア様とお話したメイドは、確かに私でございます」

「やっぱり!!お姉さまに一体何の恨みがあって……!」

「お嬢様に関する中傷の噂を調べるためでございました。ユーテリア様を騙すことになってしまったこと……深くお詫びいたします。誠に申し訳ないことをいたしました」


私は深く頭を下げる。


「謝って許されることじゃなくてよ……!」

「はい、私はどのような処罰でも。……ただ、この件、完全に私の独断で、スティラお嬢様は全くご存じないことなのでございます」


そこだけは強調しておきたかった。……私が勝手にやったことでお嬢様が狙われる──そんなことが起きるなんて。

因果応報なのかもしれないが、せめて私自身に応報してほしかった……!


「そんなこと──!」

「シアナ殿だけではない──私の判断でもある」


再び叫ぼうとしたフレイリア様を制するように、突如朗々とした声が響く。

聞き覚えのある声に振り向くと、そこには息せき切った様子のレオネル様がいらっしゃった。


「レオネル様!?」


思わず叫んでしまった。……予想外の方が二人も現れるなんて──。


「招待もされていないのに、失礼する……。フレイリア様がこちらに駆けこまれたと聞いて、慌てて追って参った」


レオネル様はフレイリア様へと歩み寄る。


「フレイリア様。シアナ殿に別の名を与え、王宮への出入りを許可したのは私、レオネルでございます。アンリーク王子の許可も得ている。……シアナ殿だけの責任ではございませぬ」

「ど、どうして、レオネル様やアンリーク王子までが……!?皆でよってたかって、お姉さまを陥れたというの!?」


フレイリア様は悲鳴に近い声を上げ、頭を抱えるようにして崩れ落ちる。

私はレオネル様を見つめた。

トルドー婦人は明らかに戸惑い、私の手当をしてくれたメイドもどうしてよいかわからない様子だ。


「……このままではトルドー家までも巻き込んでしまう。フレイリア様、スティラ様、シアナ殿、……、場所を変えましょう」


レオネル様は続けてトルドー婦人にそっと言い含める。


「トルドー婦人、メイド殿……、ご迷惑をおかけしたことをお詫びいたします。しかし本日ここで見聞きしたことはどうかご内密に……」

「は、はい……。わたくしはスティラ様とシアナ様に、返しきれない恩がございます。決して口外することはございませんわ」


トルドー婦人が目配せすると、私の手当をしてくれたメイドも頭を下げた。


レオネル様は、座り込んだままのフレイリア様をそっと助け起こすと、立ち尽くしたままの私とお嬢様に頷いてみせた。


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