67✦☾簒奪者
「簒奪者」──それは、異世界からやってきた魂──本来この世界で転生するはずだった魂から転生先を奪った者のことだ。
螺力は前世からの引継ぎ……ゆえに、前世で螺力を持たない異世界の魂に簒奪された場合、当然螺力は無いままとなる。
(考えてみれば、当たり前のことではあるわ……。前世で持っていなかった力を引き継ぐも何もないもの……)
だが、その「当たり前」を理解した瞬間、別の事実が浮かび上がる。
──もしそれが本当なら……、私はこの身体に宿るはずだった本来の魂から、身体と人生を奪ってしまったことになる。
そう思い至った途端、胸の奥に重たいものが落ちた。逃げ場のない重さが、じわじわと心に沈んでいく。
私は、思うように動かない指をどうにか動かし、さらに”簒奪者”について調べようとした。けれど、王宮図書館を探しても、そうした記述のある本はほとんど見つからなかった。いや、正確には、ほぼ存在しなかった。
やはり、教会が忌むべきとする存在については、記録自体が残されにくいのだろう。あるいは、教会が文書を管理し、王宮図書館にすら置かせていないのかもしれない。
私も複数の本を調べ、本から本へと情報をたどり、ようやく書架の片隅にある古い本で、その言葉──簒奪者──を発見したのだ。
『──稀に、クレミナラの夜を経ても精霊の加護を受けられぬ者がいる。
詳細な原因は判明していないが、そういった者の中に“異環”──我らが乗る円環とは、異なる円環を持つ世界──からの転生者がいることが報告されている』
私は異世界からの転生者が珍しいことすら知らなかった。
前世の記憶を語れるのは、三歳から五歳ほどの、ごく短い期間に限られる。しかもその後は本人が完全に忘れてしまうため、他人の前世を知る機会などほとんどない。
(前世のオタ知識のおかげで、転生といえば異世界!みたいな先入観もあったのよね……)
“簒奪者”は、滑落者の次に忌むべき存在とされ、教会にとっては明確な敵だ。
――ただの逸脱者より、はるかに悪質な存在。
(私は生きているだけで、誰かの身体と人生を奪っている……)
その考えが、何度も頭の中で反響した。
信じたくはなかったが……、心の中で妙に納得する理由もあった。
あの悪夢でしか出会えない少女──、石の茨に囚われた少女。
(ひょっとしたら、彼女が……)
けれど、だからといって、どうすればいいのかはわからない。
私は身体や人生を返すべきなのか、そもそも、返すことなど可能なのか、その方法はあるのか……。
そして、もし返したら、私──“シアナ”はどうなってしまうのか……。
どれだけ調べても、答えはどこにもなかった。
何もかもがわからない──。しかし、やはりこんなことは誰にも相談できない……決して知られてはならない。
そのすべてが受け入れがたいほどに重く、苦しい事実だった。
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しかし、幸か不幸か、トルドー家への訪問を控えた日々は慌ただしく、考え込む暇はあまりなかった。
次から次へとやるべきことがあり、重たい思考は自然と後回しにされていく。忙しさは、時に都合のいい逃げ道にもなる。
子ども達の服は決まっているので、肝心のお嬢様のドレスの準備にとりかからないといけない。
メイド部屋の一角を使い、手持ちのドレスを次々と広げていく。淡い色合いのもの、落ち着いた意匠のもの、式典向けに仕立てられた少し格式の高いもの。そこに合わせる装飾品も、箱から取り出して並べた。
――さて、どう組み合わせるか。
机を囲むようにして、メイド達と作戦会議が始まる。
あれこれと考えながら布地に触れているうちに、心は次第に目の前の仕事へと引き戻されていく……私はしっかり気持ちを切り替えた。
(せっかく黒曜石を採取したけれど……、お嬢様にキラキラ装飾は舞踏会だけと言ってしまった手前があるし、神官に見つかる危険は減らしておくにこしたことないわ)
「今回は花飾りや布飾りに留めましょうか」
今回は、あくまで「ちょっとした訪問」という位置づけだ。
本丸はその先に控えている、アシュレーン家を招いたお茶会なのだから、ここで力を入れすぎるわけにはいかない。
華美に走らず、できるだけ控えめに。
それでいて、くだけすぎない上品さは残す。堅苦しさを感じさせない、ほどよくカジュアルな装いが理想だ。
(女児趣味のお嬢様からしたら物足りないかもしれないけど……)
「それでもお嬢様の美貌があれば、十分すぎるほど美しいわ!デフォルトがSSR過ぎるのよ!!」
思わずそう叫んでガッツポーズをとると、隣のソリーナがなぜか安心したように微笑む。
「良かった。ここ数日のメイド長はあまりに静かで……、いつものような奇行に走らないので、ちょっと心配でした」
「……き、奇行?」
(どういうこと……!?)
横から、テトやサッシャまでがにこにこと寄ってくる。
「はい!いつものように、奴隷ポーズをとったり、突然叫んだり、わけのわからないことを言ったり……そういうのがメイド長らしくて、テトも好きです!」
「というか、そういうのが全然ないと、具合が悪いのかなって心配になります」
(待って待って!今まで奇行だと思われていたの!?ただお嬢様への愛が溢れていただけなのに……!)
内心の動揺を悟られないように、私はひきつる頬で必死に笑顔を作る。
「そ、そう……?あの、そういうのは奇行とは言わずに、ただ愛情表現が豊かって言ってくれると」
「メイド一同、心配してたんすよ。例の高熱で頭の方がヤバくなったんじゃないかってさ」
チェスカが相変わらず忖度のない言葉をくれる……。
「そ、そんな言い方はしていませんけれど、……どこかお元気がなく、まだ回復されていないのかと心配していましたのよ」
リルネとラーサが上品に言い直してくれた。
……確かに、王宮図書館で知ってしまったことを考えると……、どうしたっていつも通りには振舞えなかった。
(気を付けていたけれど、やはりメイド達には伝わってしまっていたのね……。いけないわ)
「心配してくれてありがとう。大丈夫よ!身体はすっかり回復してるわ」
「じゃあ頭が……」
「頭も!多分!大丈夫よ!?」
(本当に心配そうな表情をしないでユアン!?)
「お元気なら本当に良かったですわ。でもメイド長は一人で無理をしがちですので、どうか私どもをもっと頼ってくださいませ」
マーシアの言葉に、思わず抱き着きそうになってしまった。……セクハラはダメだわ!!
普段から、私が図書館で調べものをしたり、採取などをしている間は、皆が仕事のフォローをしてくれている。そのうえ心配までかけてしまっていたのね。
「皆、本当にありがとう、トルドー家訪問に向けて、全力で突き進みましょう!!」
こんなに優しい頼れる部下たちがいるのだ!今は、自分のことは置いておいて、お嬢様のことに専念しなければ。
「いざ、トルドー家よ!!」




