66✦☾魂の濁沈と滑落
私がもう一つ、調べたい──、いや、調べなければならないと思っていたこと。
それはこの世界の螺力についてだ。
私が持つ螺力についての知識は、
この世界の全ての生物が潜在的に持っている力であること
発動や制御に精霊の力を借りること
生誕後六十回目の満月をもって、前世から引き継ぎされること
風水火光の四つの属性があり、魂が転生しても属性は変わらないこと
その力や特性はかなり個人差があること
──ざっとこの程度だ。
(今までは、教会が行う“クレミナラの夜明け”という儀式をもって、螺力の引継ぎが行われると信じていたのだけれど……)
ココの“クレミナラの夜”に立ち会って、それは間違っていることが判明した。……ココも、他の子ども達も、儀式など無くとも六十回目の満月が来れば、自動的に螺力を得ていたのだ。
そして、“光螺術は術者の心身を損なう特性がある”──これも、アンリーク王子の口から聴くまで知らなかった。
お仕えするお嬢様が光属性であるにも関わらず……だ。
(少なくとも光属性については知っておく必要があるわ……!)
私は真っ先に光属性についての書物を手に取った。
光属性は希少であること、王族や教会、上位貴族など上流階級に偏って存在することなどが書かれている。
(へえ……確かに、光属性は平民にはほぼいないイメージがあったけれど、それは事実なのね)
それには理由もあるようだった。
「……魂の、淘汰……?」
不穏な単語が目につき、私は頁をめくる手を止めた。
「ええと……、古代より、生存に有利となりやすい属性の者が多く生き延びた……すなわち、水と火。次いで風」
確かに文明が未発達な環境では、どこでも水が手に入る・火が起こせるといった力は強いだろう。風を操る力も万事に使いやすい。
その点、光はそこまで直接的に生活や生存に役立つ力とは言えない──そのうえ、使うほど術者の心身を損なうという特性のせいで、太古のうちにかなり淘汰されてしまった……というのが大きな理由らしい。
しかし近世にかけ、螺力に頼らずとも生存できる上流階級に自然と偏っていったということのようだ。
「淘汰された……って、要するに魂が“滑落”していったってことよね……?」
滑落──。
円環についての知識があまりない私でも、この言葉は知っている。
この世界の“円環の理”では、魂は輪廻転生で循環を続ける……が、悪行を重ねるに従い、魂は汚れ、“濁沈”して重くなり、ついには円環から“滑落”すると言われている。
(一度滑落すると、二度と円環の上には戻れず、円環の下でただ苦しみ、円環に災いを為すだけの怨霊となり果てる──、恐ろしいことだわ……)
私のように、円環の理に沿わない者を「逸脱者」と呼ぶが、その逸脱者の中でも最悪なのが「滑落者」──教会が最も忌み嫌う存在である。
(前世で言うところの“地獄に落ちる”みたいなものだと思っていたけれど……)
それより、遥かに恐ろしく忌まわしい意味合いで使われている──というより、あまりに不吉すぎて口にすらされない言葉である。
教会は戒めのためか、「悪行を行った魂は濁沈する」とさかんに教えている。しかし──。
(あらためてちゃんと調べると、濁沈は何も悪行だけで起きるわけではないのね)
私は積み重ねた本を複数開いては比べつつ、内容を把握していく。
正確には「魂が傷つき続ける」と濁沈していくようだった。
「飢餓、病気、怪我……苦しんだ魂は傷つき、転生時に少しは回復するものの、転生先でも同じように苦しめば、どんどんその傷は増え、転生しても蓄積され、最後には滑落してしまう……」
思わず私は頁をめくる手を止める。
(──なんて酷い……)
苦しんで苦しんで、最後には円環からすら落とされてしまい、「滑落者」と呼ばれ怨霊になるなんて……。
(前々から思ってたけれど、この世界の教会の教えって、あんまり救いがないわよね!?宗教って人を救うものなんじゃないの!?)
お嬢様も光属性──、決してそんな運命には巻き込ませないわ!!
しかし、なぜ光属性だけが心身を損なうのかの説明は、見つけられなかった。
どの本を読んでも、「光螺術は術者に危険をもたらすため、極力使うべきではない」と書かれているだけだ。まだ理由は解明されていないのかもしれない。
「とにかく、お嬢様には螺力を使わせないようにするしかないのね……」
(アデリーナ様があれだけ反対したのも、今となってはよくわかるわ……)
そして、次に私は、「六十回目の満月を超えても螺力が発動しない」という事例についても、調べ始めた。
そう、私自身についてである──。
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その夜──。
私は自室でぼんやりと考えこんでいた。
「メイド長、トルドー家からあらためてご招待されましたわ!」
ノックと同時にサッシャが嬉しそうに現れる……その足元にはココがいた。
「おばちゃんのおうち、行けるんだよね?」
はっと我に返って、慌てて笑顔を作る。
(いけない、ついぼーっとしてしまっていたわ……)
「まあ、よかったわ!ココ、皆でおばちゃんのおうちに遊びに行けるわよ」
「わぁい!ココ、あのドレス着てもいいんだよね?」
「もちろんよ!」
『トルドー家を通じてアシュレーン家と交流しよう』大作戦は、エヴァルス様の根回しで、まずはトルドー家の方から、お嬢様をご招待いただくという形になった。
お嬢様と子供たち、私と数人のメイドで伺うのだ。
そのささやかなお茶会にて、トルドー婦人にそれとなくアシュレーン家を巻き込んだお茶会の計画を持ち掛ける……という計画である。
(アシュレーン家について、詳しいことは王立図書館でもわからなかったけれど……)
セラヴェル家とは、ほぼ確実に溝があることは判明した。そしてセラヴェル家よりずっと王族と縁の深いことも──。
(だとしたら、ヨルテル様がユーテリア様への厳罰を提案したのは、やはりおかしいわ……)
レオネル様が不審に思うのも無理はない。
しかし、セラヴェル家とどういった確執があるのかわからなかった以上、アシュレーン家にはかなり慎重に動く必要がある。
(ぼけっとしていられないわ!)
バシィと、私は自分の両頬を思いっきり打つ。
「メ、メイド長!?まだ高熱の後遺症が!?」
「どうしたの!?両方のほっぺたに虫がいたの!?」
サッシャとココが驚いているが、私はにっこり笑ってみせた。
「ちょっと気合を入れただけよ!気にしないで!」
──そう、気にしている時間は今はない。
王宮図書館で調べたこと……、私のような存在が、何と呼ばれているか。
──「簒奪者」。……それが私のような異世界──異環からの転生者の総称だった。




