64✦☾王宮図書館
そして数日後、私は再び王宮内の教会に足を運んでいた。
「おや、今日はいつものメイド服ではないのですネ」
「ええまあ……、この後ちょっと私用がございまして」
エリヤ様とゼーラ様に、気を失った私を屋敷まで運んでいただいた、お詫びと御礼に伺ったのだ。
「気にしなくていいけどネ。……その後身体の方は何ともないのですかナ?」
エリヤ様は相変わらず本の中に埋もれておられる。
「おかげさまで。しばらく高熱が出ましたが、すっかり元気ですわ」
「……夜に妙な夢を見たり、寝ている間に無意識のまま喋ったり歩いたりしていたことは?」
いつになく険しい表情で、ゼーラ様がおっしゃった。
「え?……特にないと思いますけれども、なぜ……?」
(変な質問ね……?悪夢はたまにみるけど、それは前々からだし)
「いえ。……災害などで心に傷を負った方は、稀にそうした症状が出ることがあるそうなので」
「まあ。ご心配ありがとうございます。今のところそういったことはございませんわ」
「──なら、良いのですが」
ゼーラ様とエリヤ様は、目を合わせて何やら二人で納得しておられる……、何なのかしら?
私、気を失っている間に何かやらかした?
「ただ、まったく記憶がなく……、いったい何があったのか教えていただけますでしょうか」
「地震でトンネルの一部が崩落してしまったのですが、運よく天井に空いた穴から、脱出できたんですヨ」
(崩落……!?思ったより大ごとが起きていたわ!?)
「そんな大変なことが……!そんな中、気を失った私を助けて脱出されるのは、命がけだったのでは……」
「いえ。むしろこちらが助けられました」
「え……?」
意味ありげにゼーラ様が私を見ている。どういう意味かしら……?
「幸運が重なったおかげで、そうホネでもありませんでしたヨ」
「それなら……良かったのですが、重ね重ね、ありがとうございました」
私は深く頭を下げる。
「最近は地震も増えてきましたナ。困ったことです」
「昔は違ったのですか?」
前世が日本のせいか、地震には慣れてしまっていて、特に不思議に感じたことはなかった。
「ここらには本来、地震を起こすような断層などはないはずですからナ」
「まあ。自然というのは不思議ですわね」
おそらく、まだ見つかっていない原因があるのだろう。前世の日本に比べると、この世界の文明レベルは二~三百年は低い──、おそらく地層などの研究もそれほど進んではいない。
「それにしても残念ですわ……。せっかく良い採取場所に連れていっていただいたのに、結局わずかな黒曜石しか取れず──他にもいろいろ採取しとうございました」
心からそう言うと、ゼーラ様が驚いたように私を見る。
「懲りるということをご存じない!?」
「偶然の自然災害を気にしていたらフィールドワークなどできませんわ。……あ、もちろん同行者にご迷惑をおかけするのはいけませんので、このようなことのないよう、日々身体を鍛えてまいりますわ!」
「──努力の方向性が迷子!」
なぜかそこでゼーラ様はエリヤ様を振り向いた。
「……まァ、他にも良い採取場所はありますから、行きたい時は声をかけてくださいナ」
「さすがは親友のエリヤ様ですわ!ぜひお願いいたします!」
嬉々として頭を下げると、私は次の用事に向け踵を返した。
「エリヤ様……!なぜか親友になってますが、あんなことがあったのに、これ以上は……」
「まァまァ、ボクらがいない場であんなことになる方が、よっぽど危険でしょうヨ」
「そ、それは……」
「つまりボクらは舞踏会番以外に、シアナちゃん番のお仕事が増えたのですナ」
「ああああああ!」
後ろの方から、何やら絶叫が聞こえてくるが、意味はよくわからなかった……というか、考えないようにした!
その時の私は、次の目的が楽しみすぎて、気にする余裕がなかったのだ。
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実は今日は、この後の用のために、メイド服でないのはもちろん、私服の中でもできるだけ豪華な物を着ておめかししている。
(“許可証”があれば大丈夫だとは思うけれど、さすがにあまりに粗末なナリをしていると、不審に思われかねないもの)
王宮の端にある教会を出て、広い中庭と回廊を通り、一度外に出てさらに歩く。
「王宮って本当に広いわね……」
前世の大学くらいあるわよ。大学のキャンバス内をバスが走ったりしていたわね……。
そしてしばらく歩いた後、お目当ての建物にたどり着いた。
──王宮図書館である。
正式名称は王立宮廷図書館だ。
「さすが……壮観だわね……!」
王宮の庭園を抜け、なだらかな石畳の坂を上った先に、その図書館は佇んでいた。
セラヴェル家の図書室と同様、王宮の他の建物からは完全に独立した造りで、五階くらいの高さはあろうか。
まさに見上げるばかりだ。
外壁は淡い灰白色の石材で組まれ、部分的に施された薄金色のレリーフで円環の装飾がなされており、建物の左右には細長い窓が整然と並び、上部にはアーチ状の見事な石枠が連なっている。
そして立派な門の前には二人の門番がしっかりと、この知の城を守っていた。
そう。セラヴェル家が特別なだけで、この世界では本来「知は選ばれし上流階級にのみ与えられる」という価値観がある。
メイドの私は、本来は王宮図書館に入ることなどできない……。
私はレオネル様に手配いただいた、王宮図書館への立ち入り許可証を取り出した。
──名は、『ルシアナ・アレーリア』となっている。
(まさか、この名前を使う日が来ようとは思わなかったけれど……)
アレーリアは一応、私の本名なのだ。
良い思い出がない父、そして祖母の苗字である。祖母亡き後は名乗ることもなくほぼ忘れていて、今回許可証を作っていただくにあたり、必死で思い出した。
いくらレオネル様であっても、文書偽造をさせるわけにはいかず、本名にての推薦書という形で、許可証を作っていただいたのだった。
──セラヴェル家の図書室以外での勉強。
それが、ここしばらくの私の悲願だった。
光属性が術者を損なうということも、クレミナラの儀式と螺力の関係も、私は知らなかった──。それは、この世界では本来、初等学校で学ぶようなことなのだろう。
あまりにも基本的なことだからだろうか。セラヴェル家の図書室には螺力に関する本がほとんどないのだ。アデリーナ様からも学んだ記憶がない。
しかし、セラヴェル家以外で、読み書きをはじめとする一切の教育を受けていない私は、そのあたりの知識……常識と言ってよいかもしれない──が、すっぽり抜けている。
それに気が付いたのすら、最近のことだ。
(螺力のこと……、まずそれをしっかり学ばなければ、私は自分自身のことについてすら、わからないままになってしまう)
儀式が螺力を持たない原因でないなら……、私に螺力がないのは何故なのか。誰にも相談できない以上、自分で答えを知るしかない。
それに、お嬢様の螺力にも制御に問題があるということも知ってしまった。……セラヴェル家に螺力の本がないのは、それも関係しているのかもしれない。
(いずれにしても、このままではお嬢様をお守りできないわ……!)
そう考えた私は、レオネル様のご依頼に協力する代わり、なんとかして王宮図書館を使う許可をいただけないか、頼み込んだのだった。
あと、アシュレーン家のこともある。……こちらも、セラヴェル家の図書館や使用人からは、あまり深く学べそうもなかった。
(セラヴェルと同じく、歴史の深い最上位貴族……、何かしら資料はあるはずだわ)
門番に許可証を見せると、何なく通過できた。やはりレオネル様の推薦は強い。
しかし、図書館の正面階段を上りきったところで、私はふと足を止めた。
王家の紋章を刻んだその扉は、威圧的ではないはずなのに……なぜか、今だけは思いのほか重たく見えた。
(この扉の向こうに入ったら、もう戻れない気がする──)
そんな大げさなことを考えているつもりはなかった。……けど、知らなかったことを知るという行為は、ときに人を先へ進めるだけでなく、引き返せなくもさせる。
気づかなければ平穏でいられた事実や、触れずにいれば済んだ危険……、それらが本の頁のあいだから、そっと顔を覗かせる可能性を、……私は、心のどこかで理解している。
(でも……、それでも知らずにいられないんだわ。これでも前世は学者だったのだもの──!!)
私は息を吸い、扉の表面にそっと手を添えた。
ひんやりとした木の感触が、迷いの沈黙を破る。
そして、ほんの一瞬だけ覚えた不安を胸の隅に押しやり、ゆっくりと扉を押し開いた。




