60✦☾不穏な招待状
私は三日ぶりに、ようやく職場に復帰した。
まだ体中のあちこちが筋肉痛のように痛むが、動けなくはない。
「皆、本当にごめんなさいね。ずいぶん心配と迷惑をかけてしまったわ」
メイド控室で頭を下げる。
熱にうなされていた私をメイド達は、交代でずっとみていてくれたらしい。
あの地震で屋敷内も後始末が大変だったらしいのに、私が抜けたばかりか、その看病まで……。
「メイド長が元気になって本当に良かったです!」
「まだ無理しすぎないでくださいませね」
大変だっただろうに、口々にそう言ってくれるメイド達に、もう一度深く頭を下げる。
「お嬢様がメイド長の代わりに、采配をしてくださいました。それが神がかって的確で……本当に有事の時だけ輝くタイプですね」
ソリーナが冷静かつ失礼な分析をしている……。
「お、お嬢様は人の上に立つ教育を受けてらっしゃるから……。でも、ソリーナもメイド長代理を務めてくれて本当にありがとう」
改めて頭を下げると、ソリーナは眼鏡を押し上げつつ、ちょっと目をそらす。
「それを言うなら、寝ずに看病していたテトだって」
「テ、テトは寝ました!サッシャさんがいつでも交代してくれて」
「リルネとラーサだってずっと交代で氷を……」
「一番手際よく看病していたのはマーシアさんですし」
「チェスカとユアンも普段の三倍くらい働いていましたわよ」
「子供たちも入れ替わり立ち替わり、心配そうに覗きにきてました」
(みんな……)
私はつい感極まってしまった。なんて良い部下に恵まれたのかしら……!
「本当に、ありが……」
「「「「「メイド長!!病み上がりでの奴隷ポーズはやめてください!!!」」」」」
──病み上がりなのに、メイド達全員から叫ばれたわ……。
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そして直後、私はお嬢様の前で結局奴隷ポーズ──由緒正しき土下座なのだけれど──を披露していた。
「本当に!本当に!ご迷惑をおかけいたしましたそしてありがとうございました!!!」
額を床にこすりつけ、ひたすら感謝の意を伝えるのみ!!
「本来、お嬢様をお守りし仕える立場でありながら、かえってお手を煩わせるなど言語道断でございました!!!おかげさまで身体も回復し、本日からは一層身を引き締め……」
「……まあ、元気になったなら、良かったわよ」
(──え?なに、この薄いリアクション……)
私は思わず顔を上げる。
……いつもの「そのポーズはやめなさいって言ってるでしょ!」とか、そういうのは無いんですか?
(お嬢様もついに土下座に慣れてしまわれたのね……!?嬉しいような寂しいような。もうキモいとか言っていただけないのかしら)
そんなことを考えていると、お嬢様が突然立ち上がり、私の目の前にかがみ込む……と、私の顎に指をかけ、じーっと見つめてこられた。
(え?念願の顎クイ?やったわ!!……じゃなくて、何??)
お嬢様の美しい顔面が間近……!!その深い湖の瞳がバラ色の痣の中から私を見つめてくる。
(どういうこと!?ご迷惑をかけてご褒美いただけるって、どういう何!?私ひょっとして今から●ぬ!?)
静かにパニックを起こしていると、お嬢様はふいに怪訝そうに首を傾けると、再びソファに深く腰掛けて、大きくため息を吐いた。
(……これは、まさか)
「お嬢様!?ひょっとして御気分が優れませんか!?なんてこと!すぐに医術師を手配いたしますわ!エヴァルス様、お嬢様が大変です!!」
「ちょ、腕を引っ張らないで!わたくしは健康よ!!!」
(あ、いつものお嬢様に戻ったわ!)
「大変だったのはシアナの方!まったく、病み上がりで騒いでないで、さっさと日常業務に戻りなさい!」
(で、でも、なんだかまともなことをおっしゃってるわ……。お嬢様らしくない……)
しかし、確かに何日も休んでしまった分を取り戻さなければならない。
私はお嬢様に一礼して退室すると、エヴァルス様やアデリーナ様、セラヴェル伯にもお詫び行脚に回った。
「……それにしても」
ようやく自室に戻った私は、黒曜石が入った袋を見つめながら考え込む。
火山帯へ採取に行き、地震が起きてからの記憶がまったくない……。
熱にうなされていた間は、久々にいつもの悪夢をみていたような気はするけれど……。
(夢の内容も、もう思い出せないし……)
私は気を失った状態で、エリヤ様らしき方の馬車で送り届けられたとのことだった。近いうちに御礼に伺わなければならない。
(体の丈夫さには自信があったのに。頭を打ったようでもなく、大きな怪我もしていないのに、高熱で何日も意識が戻らないなんて……)
「なんてふがいないのかしら……!ちょっと鍛え直さないといけないわね!」
自分にかつを入れながらも、溜めてしまった仕事に忙殺され数日が経ち……体調も完全回復し、仕事も一段落がついたころ。
──奇妙な手紙が、私の元に届いたのだ。
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門番から届けられたその手紙に、差出人の名は無かった。
ただ、上質な紙が使われており、封蝋のデザインも優雅。宛名である私の名も豪快ながら整った文字で書かれていた。
……少なくとも貴族以上の教養を持つ方、と考えられる。
だからこそ、門番も渡してくれたのだろう。
内容は簡潔に、目立たない私服で指定の日時にとある場所に来いというものだった。やはり差出人の名はない。
──そして、ある物が同封されていた。
「ええと……、手紙に書いてあった店はここで良いのかしら?」
私は地図を見ながら、ある店にたどり着いた。
城下町の路地をちょっと曲がったところにある……、ふとすると見落としてしまいそうな小さな店だ。
外観も内装も地味で、どちらかというと粗末と言って良いだろう。庶民が気軽に使う茶店という感じだろうか。
カウンターの中の店主は不愛想で、入店しても声の一つもかけてこない。カウンター以外は、小さなテーブル席がわずかにあるだけだ。他に客もいないようだ。
(とても、近衛騎士が使うような店とは思えないけれど……)
そう。こんな怪しい手紙に釣られてのこのこやってきたのは、封筒の中に磨かれた漆喰の欠片が入っていたからだ。
あの漆喰──私がアンナとして制作指導した小さな装飾──を封筒に入れられるのは王宮関係者だけだ。
さらに、この宛名の文字を書きそうな人物といえば。
「お久しぶりですな、アンナ殿」
隅のテーブルで片手を挙げたのは、近衛騎士レオネル様だった。見慣れた近衛騎士の軍服ではなく、貴族の平服をお召しになっている。
(やっぱり……。しかし、なぜこんな回りくどい方法で?)
「こちらこそご無沙汰をしております。……その、」
一瞬、名前を出すのを躊躇する。
レオネル様は私をアンナと呼んだ。差出人の無い手紙といい──本名で呼び合うのはまずい、ということかしら……?
「レオーネで良いですよ。お呼びたてして申し訳ない」
にこにことレオネル……レオーネ様は人懐こい笑みを浮かべている。
(それは以前、うちのお嬢様が間違って覚えてしまった名ですわ……!!密かに気に入ってるのかしら)
しかし、相変わらず目は笑っていない。
「……レオーネ様。本日はどういったご用件ですの?」
私はなるべく目立たないように、粗末な木のテーブルに着くと、小声で尋ねた。
「アンナ殿にお力添えいただきたい件がございましてな」
「私に……?」
レオーネ様はさらに声を潜め、にっと笑った。
「アンナ殿お得意の潜入作戦ですよ」




