61✦☾カモネギ任務、再び!?
「潜入──!?」
「シーッ!!……アンナ殿、声が大きい」
慌てて周囲を見回すが、客はおらず店長もこちらには見向きもしていない。
あまりのことについ大声を出すところだった。慌てて小声で問いただす。
「ど、どういうことですの?」
「アンナ殿くらいしか頼めるカモネギがいないのですよ」
(多分カモネギの意味を間違って覚えてらっしゃるわ……!)
「お嬢様の中傷の件でしたら解決したはずですわ。他に何の……」
「──本心から、そうお考えですか?」
そう言って、私の心を見透かすかのように、琥珀色の瞳が見つめてくる。
(どういう意味……?やはり、黒幕はユーテリア様とは別にいると──?)
レオーネ様の真意をはかりあぐね、私は戸惑うばかりだ。
「……それは、その、……確かに少々ひっかかる部分はございますが、他ならぬ王家の秘宝で証明された以上、私のような者が今さら何を──」
「……これはあくまで未確定の情報なのですが、あの令嬢にはこのままだと、かなりの厳罰がくだりそうです」
「え……?」
あの令嬢……、名前はお出しにならないものの、ユーテリア様のことだろう。
「現在は屋敷内にて謹慎されています。……が、追放かそれ以上の刑罰に処すべきだという意見が王宮内にあるようです」
(まさか、そんな……たかが中傷で……?)
「いくらなんでも重すぎるわ……!」
そこで、少しだけレオーネ様は表情を緩めた。
「……貴殿なら、そう言ってくださると思っていました。中傷被害に遭われたのは大切なお嬢様なのに……、貴殿は彼女のことを恨んでいない」
「それは、お嬢様が過去の過ちに囚われないお方だからですわ。ならば私もそれに倣うまで」
(ていうか、お嬢様はそもそも中傷されていたこともわかっていなかったし、今はもう忘れてるわ!!)
「なるほど……さすが貴殿自慢のお嬢様だ」
「はい。……しかし、あの件が原因となり、その令嬢が重すぎる罰を受けることとなれば、私もお嬢様も……心痛の限りですわ」
(しかも冤罪の疑い濃厚だし……、むしろザマァ返しの危機が現実になってしまって、気が気じゃないわ!)
丁度、トルドー家のお茶会にも参加できるアテができ、ユーテリア様のことも調べようと思っていた矢先だ。
「……その件で、何か私がお役に立てる、と……?」
私はいっそう声を潜め、じっとレオーネ様を見つめる。
近衛騎士のツテで潜入ができるというなら……、渡りに船かもしれない。
「そうですな。次はアンナではなく、エンナにでもしましょうか」
大きな手を親し気にあげ、レオーネ様は微笑んだ。
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そこからの話は、なかなかとんでもなかった。
「しかし、私は以前アンナとしてすでに王宮の方たちとは顔見知りになっております。舞踏会ではあの御令嬢に名指して批判されました……、今さら別人を名乗ってもすぐにわかってしまいますわ」
「いえ。今回は王宮の別宮です。以前アンナ殿が闊歩されていた王宮とは建物も区域も別となり、使用人の顔ぶれも違います。例の“孤高の舞踏会”にもお出になっていなかったので、おそらく大丈夫でしょう」
「別宮……、というと」
「王の五番目の弟君のいらっしゃる、兄弟宮です」
(五番目の弟……、確か、ヨルテル様──!)
セラヴェル家のお茶会にて、トルドー家メイドが教えてくれた名前だ。
「……理由は、ここでお聞きしても?」
「逆に、ここでしか話せませんな。──彼女の厳罰を申し立てているのが、そのお方だからです」
(しかし、メイドの話では確か、ユーテリア様のことを大変可愛がってらしたはず……)
私が怪訝な表情をしたからか、レオーネ様は少し目を伏せた。
「……そのお方のことは私もよく存じ上げているが……、そういうことをおっしゃる方ではないはずでしてな」
そして、ふいに私の耳に唇を寄せるようにしてささやいた。
「ここしばらくの王宮は……そのようなことばかりが続いております。ユーテリア嬢にしても、ヨルテル様にしても、『あの方がまさか』というようなことばかり……。俺は裏に何か良からぬことが動いているような気がしてならぬ……。そのあたりも貴殿の目と頭をお借りしたいのだ」
勇壮な顔立ちがより鋭くなり……、間近で見る瞳には緊張感が満ちていた。
(これは……とんでもないことだわ。王宮内──しかも王族の絡んだトラブルを私が潜入して調べよと──?)
王宮に、”王族に対する密偵”として入れということだ。
アンナのように、お嬢様に関する噂を集めるというのとはわけが違う。
「……お役に立ちたい気持ちは無論ありますわ。しかし……万が一のときに私の主君にどういった迷惑がかかるか計り知れません」
バレれば、私一人が縛り首になればすむという話ではない。
セラヴェル家のメイドでいる以上、どうやってもお嬢様やセラヴェル伯、屋敷全体に甚大な影響を与えることになってしまう。
「その場合に、レオーネ様はどう助けてくださるのでしょうか?」
「……何もかも、私の差し金だったということで、決着をつけるしかあるまい」
「それで決着がつきますの?」
レオーネ様は一瞬気おされたような表情をした。
「さきほど申しましたとおり私の顔は王子はじめ、すでに王宮の方々に割れております。何かあれば、アンナにせよエンナにせよ、セラヴェル家のメイドであることはすぐにバレますわ」
(ちょっと……!まさか何も考えてないってことはないわよね!?私だって縛り首にはなりたくないわよ!?)
「あと……この件、当然王子はご存じないのですよね」
王子が絡んでいるなら、こんな回りくどい方法で呼び出さないだろう。……おそらくレオーネ様の独断。
「ああ。ただあいつも考えがあるらしく、この件放置する気はないようだが」
とはいえ、いざというとき王子の助けを得られるかもわからない……、それで乗るにはあまりに危険すぎる話だ。
確かにユーテリア嬢の件は私の責任もあり、気にかかっているが、ここまでの賭けには出られない。
せめて、もう少し算段が立ってからにしたい。
「──この件、もう少し慎重に考えとうございます。また、お嬢様にだけは相談するかもしれませんが、よろしいでしょうか」
「ええ。貴殿の忠誠を一身に集めるお方だ、そのお人柄十分に信用できましょう」
(そ、そのへんはちょっと怪しいけれど……)
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先に店を出た私は、思いもよらない重大任務におののきつつ……、不謹慎ながら少しワクワクしてしまっていた。スパイ大作戦……映画みたいじゃない!?
「でも……」
(私なんかに頼むってことは、レオーネ……もとい、レオネル様ほどの方であっても、他にアテがないということなのだわ……)
少なくとも、王宮内には王子含め、このことを明かせる相手がいない。……ユーテリア嬢を断罪したのが王子であり王宮の秘宝なのだから、当然ではあるが。
(そして……)
レオネル様がおっしゃった、”裏に何か良からぬことが動いている”という言葉──。
それは、私の中にも暗い影を落とした。
王宮にもしそのような動きがあるなら……、それは当然この王都しいては王国全体に影響するにちがいなく、セラヴェル家やお嬢様も当然例外ではない──。
「危険には違いないけれど……、やらなければならないことかもしれないわ」
私は心に決めているのだ。お嬢様を今度こそ必ずお守りすると──。
(……ん?)
「何かしら”今度こそ”って……。いつだってちゃんとお守りしているはずなのに」
首を傾げつつ、私はセラヴェル邸──愛するお嬢様の元へと急いだ。




