59✦✦子守歌
(……ああ、また、いつもの夢の中にいる……)
闇の中でシアナはうっすらとそう感じていた。
幼い頃から幾度となく繰り返し見てきた悪夢。
そこでは決まって、石の茨に閉じ込められた少女に出会うのだ。
ひどく冷たく、底が知れず……。気配も風も、生き物の気配もまるで存在しない。自分ひとりが取り残されたような空間──そこを裸足であてどもなく歩いている。
やがて、押し殺されたような、小さな子どもの泣き声が聞こえてくる……。
頼りなく震える声は、暗闇に染み込むようにかすれていた。
声のする方へ進んでいくと、やはり、石でできた巨大な茨の檻が現れ──。
(……待って、いつもと違うわ)
シアナは思わず駆け寄った。
普段はまるで釣り鐘型の籠のように、見事に編みこまれた茨の檻が……、無残に砕け、その中で幼い少女が泣いている。
(ひょっとして、今ならこの子に話しかけられる……?)
いつもの夢では、がっちりと編み込まれた茨が邪魔をするのか、どれだけ声をかけても、この少女には届かない。
外から、石の茨をどうにかしようしてもびくともしないのだ。
(でも、檻が砕けている今日なら──)
「ねえ、……どうしたの?」
シアナは息を整え、できるだけ優しい声で少女に呼びかける。
いつもの夢なら、少女はシアナと同じ顔をしているはずだった。夢の中の少女はずっと、自分の幼いころの姿だと思っていた。
しかし──。
振り向いた少女は、シアナとはまったく別の顔立ちをしていた。淡い紫を宿した瞳に雪のように白い肌。黒髪が肩で揺れている。
(でも、間違いなく──いつもの夢に出てくる子だわ)
根拠のない確信が胸をよぎる。姿形が違っていても、なぜか分かった。この子はいつも夢に現れていた“あの少女”なのだと。
シアナは少女のそばへと膝をつく。
「どうして泣いているの?……悲しいことがあったの?」
ささやき声ほどの声で問いかけると、少女はしゃくり上げながら、泣き声を途切れ途切れにさせて答えた。
「うん……ずっと悲しいの」
「……そう」
そっと少女の背中に手を伸ばし、小さな肩を包み込むように触れる。
すると夢の中なのに、その肩の震えがはっきり伝わった。温度すら感じられた。
(こんな感覚、初めて……)
だからだろうか。
シアナは無意識に、心を落ち着かせるように歌い始めていた。
自分にとっての大切な歌──……。
まだ思い出せる、今となっては遠い遠い、故郷の言語の歌を。
闇の世界に、シアナの歌声が静かに流れていった。
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夜が更け、外の気温が下がり始めたころ──。
「……あ、メイド長が……歌っています」
テトが、真っ先に気が付いた。
気を失った状態のシアナが運ばれてきてからというものの、夜も寝ずにそばについていたのだ。
「え?……あら本当」
一緒に看病していたマーシアも、そっと耳を澄ませた。
高熱を出して寝込んでしまったシアナは、一度も意識が戻らないまま自室のベッドで眠り続けている──、その唇がかすかに動き、旋律を奏でていた。
「……聞いたことがない言葉ですわね。どこの国の歌かしら……」
「とても、優しい歌ですね……」
テトはシアナの額を冷やしていた布を取り換える。
リルネとラーサが交代で作ってくれる氷は、まだまだたくさんあった。
「まだ、意識は戻らないけれど……、きっと良くなってきていますわ。テトもそろそろお休みなさいな。もう丸一日眠っていないでしょう」
「はい。でも気になってしまって……」
「メイド長がお元気になられたときに、テトが寝込んでしまっては、またメイド長に心配をかけますよ」
「そ、そうですね」
テトはようやっと、シアナのそばから離れ、部屋を出ようとした。そのとき……。
「きゃっ……」
ちょうど部屋に入ろうとしていたお嬢様とぶつかりそうになる。
「お、お嬢様!?申し訳ございません!」
「……え?ああ、いいわよ。……シアナは相変わらず?」
珍しく、どこかぼうっとした様子で尋ねるお嬢様を、テトは少し不思議そうに見つめた。
「あ、はい……。でも、熱は落ち着いてきました」
「……なら、いいんだけれど」
お嬢様は、心ここにあらずといった様子でシアナに視線を向ける。
(お嬢様……きっと酷く心配しておられるんだわ)
そう思いつつ、テトは小さく頭を下げ、部屋を出た。
シアナが運ばれて来た時に、一番驚き一番騒ぎつつも、すぐに薬師と医術師を手配し、お嬢様付きメイドチームの仕事の采配をして、真っ先にシアナの手当と看病にあたったのは、他ならぬお嬢様なのだから。
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シアナは夢の中で歌い続けていた。
……なぜ歌っているのか、自分でもよくわからない。
しかし少女はいつのまにか泣き止み、シアナの膝枕に頭を預けて目を閉じている。
(……眠れたのかしら)
そう思った矢先、少女はふっと目を開ける。
起こしてしまったかとシアナは少し申し訳なく思った。
(そういえば、名前をまだ聞いていなかったわ)
「……ねえ、あなたの名前は?」
「名前……、わたし、は……」
少女がわずかに唇を開いた──、その瞬間、シアナは目を開けた。
「メイド長……!」
マーシアの安堵の声を上げる。テトと交代したサッシャもほっとした表情で微笑んだ。
「良かったです……!具合はいかがですか?」
「……あら、私……どうしたのかしら……?」
視界がまだ少しかすむ。夢の余韻が頭の奥で響いていた。
「装飾の材料を探しに行って、地震に巻き込まれたのですわ。幸い見回りで通りかかった王宮の方が助けてくださって……」
まだ朦朧とする頭でシアナは、ぼんやりと夢のことを思い出していた。
……さきほどまではしっかり覚えていたのに、あの少女の名前は何と言ったかしら……。
「お嬢様も心配しておそばに……あら?」
サッシャが振り向くと、すでにお嬢様の姿はなかった。
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シアナが無事目覚めたのを見届けて、お嬢様はそっと部屋を出る。
そして珍しく考え込みながら中庭を歩いていた。
「……まさか。でも、確かに……」
中庭からは夜空がよく見える……、ちょうどお嬢様の部屋もこの中庭を見下ろせる二階にあった。
この空は小さな頃からずっと見上げてきた空だ。
「……エストルミル……」
お嬢様はぽつりとつぶやき、シアナの部屋を振り返った。
「──なんで、シアナがあの歌を知っているの……?」




