57✦☾奇妙なメンツのフィールドワーク
『装飾工房 エストルミル』
──ダステア親方が作ってくれた看板を、物置小屋あらため工房の入り口にかけると、周囲から歓声があがる。
「エストルミル……聞いたことのない響きですけれど、なんだか素敵ですわね」
マーシアが言うと、サッシャも心から安堵した表情で言う。
「良かったです。メイド長のことだから、てっきり『ドレス装飾を作り隊秘密基地』『スティラ☆彡ラブラブファンクラブ』とかそういうのかと……」
「まあ!それも素敵ね!」
私が振り向くと、ソリーナとリルネとラーサが同時に叫んだ。
「「「サッシャ!余計な入れ知恵しないで!」」」
“エストルミル”……それは、前世の私が推していたアイドルの持ち歌タイトルなのだ。多分造語だろう。歌詞の意味から考えて、「夜空のきらめき」とかそういった意味合いなんだと思う。子守歌のような優しい歌だった。
(推しの姿や名前は思い出せないのに、周辺のことだけはくっきりと思い出せるのよね……)
私のその歌が好きだった……、何かつらいことやうまくいかないことがあると、ビルの谷間から、ほとんど外の見えない会社やマンションの窓から、小さな夜空を眺めては小声で歌っていた。
私にとっては、大切に開く宝石箱のような言葉なのだ。──この世界では誰にも言えないけれど。
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その翌日、私は王宮の広大な庭園を歩いていた。
ここの離れにある円環の間。──ここに、エリヤ様やゼーラ様がいらっしゃるとのことだった。
「祈りのために”円環の間”がある貴族邸は珍しくないけど、さすが王宮の円環の間は豪華ね」
工房もできたことだし、さっそく次のドレス装飾について考えていたのだけれど……。
“事前に相談して”というエリヤ様の言葉を思い出してしまったのだ。
相談して止められたら困るけれど、一方、この世界で初めて出会った鉱石知識が豊富そうな方でもある。
(良い採取場所とか、この世界での宝石の入手方法とか……なんとかして教えてもらえないかしら?)
という下心が勝ち、私は素直にエリヤ様にご相談にあがったのだった。
小さな教会のような円環の間は、特に見張りがいるわけでもなく……、そっと扉を開くと、ゼーラ様らしき神官が目に入った。
「おやシアナさん?どうぞ」
「失礼いたします」
中もこじんまりとしてはいたが絢爛……、だけど、どうやら完全にエリヤ様が私室として使っているらしく、本や採取サンプルで溢れている。
(この雑多ぶりは教会というより、前世の研究室を思い出すわね)
そんなことを思いながら、積み重なった本の中を歩いていくと……。
「やあ、シアナちゃん!」
「うわ、本の山が喋った!?」
崩れた本の山の中から、エリヤ様がひょっこり現れた。
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「良い採取場所?教えられるわけがないよネ~」
エリヤ様はいつもの怪しげな笑みを崩さずにそうおっしゃった。
(やっぱりダメか……」
私はがっくりと肩を落とす。
「シアナさん、先日の私どもの話、聞いていましたか?」
ゼーラ様も無表情で突っ込んでくる。
「もちろんですわ!教会にバレさえしなければ問題ないとのことでしたので、バレずに良い装飾を作る御相談ができればと」
私がそう熱意を伝えると、エリヤさんとゼーラさんはこそこそと話しだした。
「あの話をそう解釈するタイプなんですね……」
「まあそうなるとは思ったのヨ。だからやっぱ駒は必要だよネ~」
(な、何か失礼なことを言われていない……?)
「次のドレス装飾については、ガラス以外の新しい素材を考えておりますの。そこで採取に良い場所を……と思ったのですが、難しいなら仕方ありませんわ」
私は立ち上がった。
「まァまァそう言わず。……じゃあ、とっときの場所を教えてあげますかネ~~」
「本当ですか!?さすがです親愛なる友人エリヤ様!!!」
「ただし、私たち二人も同行しますヨ」
(……えぇ~~~~……)
「“えぇ~~~~”という顔をしないでください。あなたの安全のためでもあります」
そんなわけで、私とエリヤ様・ゼーラ様という変な組み合わせで、フィールドワークに行くこととなったのだった。
(下見して、安全で良さそうな場所なら、子どもたちも連れてきて本格的に採取したいわね!)
お屋敷に戻って許可を取ると、できるだけの準備をして私は意気揚々と野に繰り出した。
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エリヤ様の教えてくださった場所は、王都からそこそこ離れた高原近くだった。
しかし……。
「ゼーラ様自ら、馬車を走らせるとは……」
馬に鞭を振るっているのはゼーラ様だ。
「一応お忍びだからネ。なるべく他人を関わらせたくないのヨ」
「この方につきあっていると、ほぼ何でも屋にされますよ!」
でも、馬車を使えるのはかなり助かるわ。足で行ける場所は限られているし、採取すれば荷物は重くなる。
──やがて目的地についたらしく、ゼーラ様はひらりと馬から降りて、馬車を木につないだ。ここからは徒歩ということらしい。
「このあたりは……、レイネア火山の近くですわね」
「そうそう。よく知ってるネ」
「本はお屋敷で読んでおりましたので」
地理や歴史の本によると、最後に噴火したのは数百年前だ。休火山と言えるだろう。
(火山帯から採れる鉱物は確かに多いのよね……!)
わくわくしながら歩きだすと、後ろで何かぶつぶつ言っているのが聞こえる……。
「だいたい、なんで私までフィールドワークに付き合うことになったんですかね?」
「仕方ないでショ、シアナちゃん放置したら、絶対一人で危ない場所に行きそうだもの」
「確かに……。禁止すればするほど、隠れて悪いことをするタイプの子どもですね、あれは」
(うん、やっぱり失礼なことを言われているわね!)
気を取り直して周囲を見回しつつ歩いていると、不自然にへこんだ道のようなものを見つける。
(火山帯の高原でのこれは、きっと……)
「こっちこっち」
エリヤ様が差し示す場所は……。
「これは……、溶岩トンネルですわね!」
高原の草原が途切れ、帯のように黒い地面が横切っていた。
近づくと、地表に丸く口を開けた穴がいくつも並び、底からは冷たい空気が吹き上げてくる。
その下には、かつて溶岩が流れた跡――長い年月を経て崩れた溶岩トンネルが横たわっている。
壁は滑らかで、ところどころ白く風化し、崩れた破片が床を埋めていた。
(ここなら、おそらくあれが採取できる──!)
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溶岩トンネルの冷たい空気が、頬をくすぐっていく。
天井から落ちた小石が転がり、コト、と奥へ吸い込まれていく音だけが響く。
「表面の流線が随分きれいに残ってるわね。……相当急激に冷えたのかしら……」
つい感想が口をついたが、慌ててごまかすように肩をすくめた。
「あ、いえ、なんとなくそんな感じがするだけですけれど!」
エリヤ様は特に気にする様子もなく、淡々とランタンを掲げた。
「そうでしょうネ。ここの岩肌の光沢は、急冷由来の特徴が強い」
そのとき、視界の端で小さな光が跳ね、思わず足が止まる。
「どうしました?」
ゼーラ様が振り返る。
「今、光ったような……」
壁面へ近づくと、黒い岩の割れ目の奥で、薄い板状の黒曜石片が鋭く光を返した。
(黒曜石──!)
その名の通り、黒く輝く火山岩の一種。
ガラス質だから熱で加工できるし、今までのガラス装飾は透明か明るい色が多かったから、“黒い宝石”は新鮮味もあるわ!
「しかも……これ、結構珍しいタイプの——」
言いかけて口をつぐむ。一応……あまり知識があることは言わない方が良いのだろう。エリヤ様は味方っぽいけれど、それでも教会の方には違いないのだし。
「板状の層状組織……しかもずいぶん薄いですナ。ゆっくり冷えた部分と急冷した部分が隣接して生じた典型ですヨ」
(この層状の反射、加工したら絶対素敵な装飾になる……!)
つい、目が吸い込まれるように輝いてしまう。ランタンの光を揺らすたび、黒曜石が虹彩のような紫を返した。
「採取できますか?」
「もちろん、丁寧にやれば可能ですヨ。そのために連れてきたんですし」
私は屋敷から借りて来た工具を取り出し、慎重に周囲の岩を削り始めた。割れやすい物なので慎重に……。
やがて、羽根のような層を重ねた黒曜石の片がそっと切り離された。光にかざすと淡い紫から深い黒へ、滑らかに陰影が流れる。
「……綺麗」
「それ、舞踏会のドレスに使う気なんですか?」
ゼーラ様が鋭くつぶやいた。
「え?ええ……もちろん」
元々、その相談から、ここに来ることになったわけだし。
するとゼーラ様はため息をついて、エリヤ様の方を睨んだ。
「エリヤ様……」
「まあ……黒曜石も鉱物ではないですしナ。ギリセーフ的な扱いで」
「そ、そうですわ!黒曜石は非晶質……、鉱物ではないですわ!」
黒曜石は火山ガラスで非晶質──結晶構造を持たないので、鉱物の定義には入らない。
「舞踏会番が、我らであるうちは、まあ何とでもなりますヨ」
「そんな薄氷を踏み続けるようなこと……」
まだゼーラ様は不満があるようだったが、新しい素材を前にした私には些細なことなのだ。
「もう少し奥に行きましょう!溶岩トンネルでしたら他にも使えそうな物を採取できるかもしれませんわ!」
(方解石やアラゴナイト、ナトロライトなども採取できるかもしれない!カルセドニーなんかも、探したいわ!)
どれも磨くと綺麗に光るのだ。すごく運が良ければガーネットが見つかることもある。
私がうきうきと歩き出した直後だった。
──遠くから、ゴォォッっという音が聞こえた、次の瞬間──、地面が大きく揺れた。




