56✦一年前✧「間違いだったメイド」(3)
テトの両の手のひらから真っすぐに、崖下に向けて巨大な炎の柱が突き立つ。
「うわ……っ!?」
「きゃっ!!」
周囲が明るくなるほどの凄まじい炎と熱──、メイド達は思わず顔を覆い、身体をそむける。
「テ、テト、もういいわ!……想定した十倍くらいすごいわね……」
シアナの声でテトは螺力の放出をやめる。
「シ、シアナメイド長。これで良いのですか……?」
「ええ!ありがとうテト!!」
魔獣たちは完全に追い払えたようだった。あんなものを見せつけられたら、野生生物は絶対近寄ってはこないだろう。
「リルネ、ラーサ!念のため、崖下に向けて水を大量にお願い!」
水属性の二人にシアナは指示をする。崖や川近辺は土や石ばかりで燃えそうな物はないが、万が一ということがある。
全員の無事を確認し、シアナはほっと胸をなでおろす……がよく見ると、お嬢様の膝や腕には細かな傷が多数あった。
(絨毯や石畳の上でも転ぶようなお方が、こんな森の中を……、よほど心配だったのね……)
いつもエプロンに忍ばせているカオリナイトや薬草で、シアナは応急手当を始めた。
「まさかこんなところまで来られるなんて……危なすぎますわ。お嬢様に何かあったらシアナは……」
「私のメイドが逃げだしたのよ!?私が来なくてどうするのよ!?」
当然のようにお嬢様は叫んだ。テトは思わず縮こまる。
「ご、ごめんなさい……、私が、私のせいで、お嬢様や、皆さんを危険に……」
泣き始めてしまったテトの両手を、シアナは優しく握った。
「良かった。火傷などはしていないわね。……それにしてもすごい威力だったわ。サッシャから聞いていたとおりね」
「ええ……。潜在能力は相当なものだと思っていましたけれど、ここまでとは……」
サッシャもほうっとため息をついた。テトと同じ火属性で、何かと相談に乗ってくれていた。
「テト、皆を救ってくれて……、本当にありがとう」
「そ、そんな……、そもそも私のせいなのです……」
そこで、お嬢様が怒りを隠さずに、のしのしとやってきた。
「お、お嬢様……!」
テトはとっさに、シアナから学んでしまったらしい、ジャパニーズドゲザのポーズをとる。
「だから、そのポーズはやめなさい!……まずは、礼を言わせてもらうわ。獣をおっぱらってくれたこと、褒めてつかわします。でもね……」
お嬢様は、ひれ伏すテトの顎を持ち上げた。
(顎クイ!顎クイだわ!なんて羨ましい!!!)
内心狂乱しているシアナを、お嬢様は睨みつけた。
「私のメイドが!盗み聞きしたうえに早とちりで逃げるなんて、どういうこと!?シアナ!」
「ははっ、メイド長として指導がなっておりませんでした……!!」
隣で一緒にドゲザポーズをとるシアナを、慌ててテトは庇った。
「メ、メイド長を叱らないでください!盗み聞きしたのは私です……」
「盗み聞きするなら、せめて最後まで聞きなさいよ!いい?」
お嬢様はテトを無理やり立たせると、両手に腰をあててにらみつける。
「確かに、あなたを選んだのは手違いだったわよ!でも結果は間違っていなかったわ。今まで数多のメイドを雇ってきたけれど……、」
テトが涙のたまった瞳を、ゆっくり上げる。
シアナも頷きながら、その様子を見守った。
(そう。これだけ強い螺力の持ち主はそういない。きっとゆくゆくはお屋敷でも不可欠な存在に……)
「テト・リヴェラ、あなただけなのよ!!一度も私の陰口を言わなかったのは!」
(そ、そこですか───────────!?)
おそらく、その場にいた全員がそう思っただろう。
「あ、あのぉ……お嬢様、私も陰口など一度も……」
ぴしりとテトを指さしているお嬢様に、シアナが横から口をはさむ。
「何言ってるの、しょっちゅう『ドジなうえに見栄っ張り!』だの『この残念さがたまらない』だの騒いでいるのを、わたくしが知らないとでも思って!?」
「バレてた!?……い、いえ、それは褒めているのでございます!!」
「どこがよ!!??……ま、あなたの話はどうでもいいわ!テト!?」
どうでもいいと言い捨てられてめげるシアナを後目に、お嬢様はテトに向き直った。
テトはお嬢様にはっしと睨まれ、一歩後ずさったものの、恐る恐る切り出す。
「か、陰口などとんでもないです……!スティラお嬢様はこのうえなくお美しく、気高く、テトのような者がおそばに寄るのもためらわれるようなお方で……」
「そう!それよ!!そこをしっかり理解していること!それがわたくし付きのメイドに、一番必要な素養なのです!!」
お嬢様は満足そうにうんうんと頷く。
「テト!あなたはセラヴェル家のメイドにこのうえなくふさわしい存在なのよ!!ちゃんとそれを自覚して行動なさい!」
「……お嬢様、とにかくお座りくださいませ!!」
よろめきながらポーズを決めるお嬢様を、エヴァルスが半ば無理やり切り株に座らせ、そこから動かないように水螺術でお嬢様を包囲してしまった。
(前世で見た、幼児が動かないよう保護する柵のようね……)
シアナはそう思いつつ、まだ下を向いているテトを振り向いた。
「テト、さっきも言ったけれど、あなたには強い潜在能力があるわ。今まだ制御が苦手なだけ……でも、あなたの価値はけっして螺力だけじゃないの」
腰を下げて、小柄なテトに目線を合わせると、その潤んだ瞳を覗き込む。
「お嬢様がおっしゃった、あなたの善良さ──、明るく素直で裏表なく、人の美しい面を見て、相手が誰であっても配慮と敬意を欠かさない……。それこそが、あなたの宝、大切な素質なのよ」
「で、でもそんなの、当たり前のことで……」
「当たり前じゃないわ」
シアナはきっぱり否定した。
それは酷い環境で育ったシアナはよく知っていることだった。
“本当の意味で善良であること”は決して平凡なことではない。
「十分特別よ。お嬢様もおっしゃったじゃない。数多のメイドの中で、あなた一人だけだったって……」
お嬢様はしっかりとテトの本質を見抜いていた──シアナは改めて感服すると同時に、深く反省していた。
(私がもっと気を配り、テトにあった仕事や指導を考えていれば──!)
「とはいえ、勝手な行動で皆を心配させ、お嬢様まで危険にさらしたことについては、しっかり罰を受けてもらうから、そこは覚悟していてね」
「本当に、本当に、申し訳ございませんでした──!!」
皆の前で深く頭を下げながらも、テトはずっと涙が止まらなかった。
──しかし、それは先ほどまでの絶望の涙とは、まったく違うものだった。
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翌日──。
朝からサッシャがそわそわと心配そうに、シアナの部屋にやってきた。
「テトの件ですが、どんな罰をお与えに……?さ、差し出がましいですが、できればあまり過酷なものは……」
「私にも悪かったところがあるとはいえ……、甘やかすつもりはないの。過酷かもしれないわね……」
「ええ…っ」
顔色を変えたサッシャに、シアナは微笑みかける。
「そうね、サッシャが助けてあげてもいいわよ」
「わ、私にできることなら……!」
テトに課した罰とは、時間はかかってもいいから、図書室にて合計十冊の本を読むことだった。
「テトには難しい本もあると思うの。あなたならきっと力になれると思うわ」
「はい!!」
その日から、毎晩テトに寄り添うように一緒に図書室に通うサッシャの姿を見るようになった。
そして、十冊をとうに超えても、それはずっと続いたのだった。
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あれから約一年……。
テトは相変わらず温度調節は苦手だ。
シアナはあの事件のあと、その業務からテトを外そうとした。不向きな仕事を無理に続ける必要はないと。
「はい。あの……でも、少しでいいから練習していきたいと思います」
「それはかまわないわ。……でも、どうして?」
「わ、私、本を読むの苦手だったのです……。でも、サッシャさんがずっと一緒に読んでくれて……、本を読むことができました」
テトは、たどたどしいながらも話し出した。
「それで……苦手なことって、逃げるだけじゃダメだって思ったんです。少しずつでも頑張ったらできるようになることもあるから」
シアナはゆっくり頷く。
……テトがこのように、自分の意見を言えるようになったこと自体、成長だ。
「わかったわ。じゃあ周囲でもちゃんとフォローするから頑張ってみて。……ただ、無理はしないでね。無理は自分だけじゃなくて周りのことも傷つけてしまうことがあるから」
「はい……!」
本当にゆっくりだが、テトは少しずつ成長を続けている。温度調節の失敗も徐々にだが、減ってきているのだ。
そして今──、新しく稼働する工房、“エストルミル”にテトは必要不可欠な存在となった。
炉が出来上がった後、シアナはテトにだけ特別にお願いをしたのだ。
「申し訳ないのだけれど、テトは今後も工房の方に手を割いてほしいの。……あの火力は他の火属性の人では出せないのよ」
「……えっ」
テトは驚いた表情をした。
メイド達をなるべく本来の業務に戻したいと考えていたシアナは、面目なさそうに頭を下げる。
「なるべく早く他の人を手配するけれど、あの高温を出せる人はおそらく簡単には見つからないわ。それまではどうしても──、」
「い、いえ!やります!」
テトは思わず大声で叫んだ。
「テトは……装飾を作るお仕事は好きですし、メイド長やお嬢様のお役に立てるなら、何でも嬉しいです!」
「ありがとう、テト……!本当に助かるわ」
「だからその……、他の人は探さないでください!!」
思い切ってそう言うと、シアナは一瞬びっくりしたものの、にっこりと笑った。
(私がメイド長やお嬢様の、このお屋敷のお役に立てる──!しかも、私以外の人には難しいこと、なんて……)
そんなことを言われる日が来るなんて思ってもみなかった。
その夜、テトは嬉しすぎて眠れず……、故郷の両親に手紙を書くことにした。
『お屋敷につとめてから、大変なことも難しいことも、たくさんありましたが、今日までがんばってきてよかったです』
以前は、読み書きもあまり得意ではなく、手紙もたくさんは書けなかった。しかしそれも、本を読みサッシャと練習することで、大分上達したのだ。
テトは少しだけ考えると、この言葉で手紙を締めくくった。
『テトは、このお屋敷が大好きです』




