55✦一年前✧「間違いだったメイド」(2)
(魔獣だ──!)
うなり声にそう直感すると、テトは叫びながら道に飛び出した。
「メイド長!逃げてください!!」
「テ、テト!?」
シアナは突然茂みから出てきたテトに面くらいつつも、ただならぬ様子に身構える。
「た、多分魔獣です……、声が聞こえます……!」
「この森に、魔獣が……?」
警戒しつつも、シアナは脳内で必死に図書室で読み漁った本をめくる。
魔獣──それは、螺力で人を攻撃する獣の総称だ。
螺力は人間だけではなく生物全般に宿る。動植物すべてに。……しかし、その力を人間のように恣意的に使えるものは少ない。
しかし稀ではあるが、自然に、あるいは突然変異的に、強い螺力を操る生物がいる。
この世界では、人に害を為す螺力は「魔力」と呼ばれていた。
(確かに、この森では昔から魔獣の報告が相次いでいた……うかつだったわ。いえ、でも──)
シアナは背後に庇っているテトを見る。
(どちらにしても、今ここに来ないわけにはいかなかった。……何とかしてテトを逃がさないと……!)
「テト、まず風上に行くわよ!こっち!音をたてないようにして」
魔獣だろうと獣である以上嗅覚は頼りにしているはず。風上に移動すればおそらくこちらに気づきにくくなる。
音を立てないよう、風上にひたすら向かってゆくと、突然に開けた場所に出た。
森が大きくとぎれ、川……というか、崖になっていた。
向う岸までの距離は相当あるうえに橋はなく、崖はかなり高い……。
「行き止まり……」
「でも、うなり声も聞こえなくなったわ。しばらく様子を見て、風の流れに沿って移動し……」
そのとき、シアナははっと口を閉じる。……獣の声ではない、これは……。
「人だわ……、それも複数……!」
不安そうな話声、足音、そしてランタンの灯り……。
シアナは警戒心を露わにして、木陰に隠れると様子を見守った。
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しかし……。
森からひょっこり現れたのは、ソリーナとサッシャだった。
「ソ、ソリーナにサッシャ!?ど、どうして……」
「シアナメイド長!?……テトも!?」
互いに驚いていると、その後ろからぞろぞろとお嬢様付きメイド達が現れる。
「み、皆さん……!?」
テトも思わず声を上げる。
「皆……どうして私たちがここにいるとわかったの!?」
「それが、そうではなく……」
戸惑うシアナにソリーナが説明しようとした矢先だった。
「お、お嬢様、待ってください……!」
「何よ、だらしないわね……きゃぁ!?」
「だから、この道をお嬢様の足で歩くのは無理だと……」
森の奥からさらに現れたのは……、
「エ、エヴァルス様……、お嬢様!?」
かなりズタボロになった二人が憮然とした表情で立っている。
「あら!いつの間にかお嬢様たちを追い越しちゃったんですわね!?」
「だから、あの脇道の方に行っちまったんじゃないかって言ったのにさ」
マーシアとチェスカが声を上げた。
(ど、どういうことなの……?)
シアナとテトが顔を見合わせて戸惑う中、お嬢様が得意満面の笑顔で二人を指さした。
「ほぉら、見つけたわよ!!テト!シアナ!」
「お嬢様が……、テトとメイド長を追うと言い張りまして。途中までは馬車で来たんですけれど、道を間違ったらしく……」
ソリーナが説明を再開すると、リルネとラーサが疲れた様子で続けた。
「私たちも、お嬢様を追いかけてきたんですけれども、山道の中で見失い、焦っていたところでしたの」
「でも、お嬢様もエヴァルス様も見つかったし、テトやメイド長も無事で、良かったです~~」
最年少のユアンまで来ている。
──テトと同様に、お嬢様も道を間違い、それを追いかけてきた全員が、結果的にここに大集合……ということのようだった。
「ごらんなさい!わたくしの言うとおりの道で合ってたわね!」
お嬢様だけはそう言って胸を張ったが、エヴァルスは後ろでへたり込んでいた。
「と、とりあえず、ここは危険ですわ!魔獣がいるかもしれないのです。テトも見つかったことだし、早く森から……」
慌ててシアナがそう言った瞬間、森の奥から複数のうなり声が聞こえた。メイド達も気が付いたのか、怯えた表情で周囲を見回している。
「ま、魔獣ですって……?」
(まずい、囲まれている──)
「ら、ランタンの火で追い返せないかしら……、獣は火を怖がるわ」
「火なら、チェスカやマーシアの火螺術を使えば……!」
「森の中ではすぐに火事になってしまいますわよ!」
「魔獣は普通の獣よりは火を恐れませんし……」
メイド達がざわつく中、シアナはとっさに周囲を見回す。……ここは開けており木々は少ない。崖は高く、その下は川だ。
(森ではなく、ここなら──!!)
シアナは叫ぶ。
「テト!崖下の川に向けて、思いっきり螺力を放ちなさい!獣や森には向けないで!」
「え?か、川に?」
「ええ!……皆は伏せて!お嬢様もです!」
状況がわからないまま、シアナの言うとおりにテトは崖上から川に向け、螺力を放つ。
次の瞬間、その場にいた全員が目を見張った。
──テトの手のひらから、凄まじい火柱が飛び出たのだ。




