53✦☾装飾工房”エストルミル”稼働!
無事にセラヴェル家へ“就職”した子ども達は、アデリーナ様の教育を受けながら、それぞれの適性に合わせて仕事を覚えていくことになった。
テスタとイオは庭師見習い、裁縫が得意なレザとヤーナは仕立て師見習い。メセナは屋敷付きのメイド見習いだ。
その合間には採取や研磨も手伝ってもらうつもりでいる。
ココはまだ勉強が中心だが、レザやヤーナにくっついて、ドレスや装飾品の修繕を楽しそうに眺めていた。
(研磨台もトーレスに頼んで増やしてもらう予定だし……。あとは、やっぱり“あれ”ね)
休憩時間、私は屋敷の広い庭を歩き回っていた。──適当な場所を探すためだ。
「おい灰色猫、また何かやらかす気か?」
仕事中のトーレスに見つかった。
「炉を作る場所を探してるのよ」
「ろ?」
今まではテトの火螺術だけで乗り切ったが、今後のことを考えると、あった方が絶対によい……それが、炉だ。
「竈みたいなものよ。エヴァルス様の許可はとってあるんだけれど、高温になるから場所を選びたいの。トーレスも一緒に考えてくれない?」
「……まあ、仕方ねえな。灰色猫に任せたら庭が壊滅しそうだし」
否定しきれない……。
「こりゃトーレス!すーぐ油を売りやがって!」
ひょっこり現れたのは主任庭師のダステア親方。十人以上の庭師を束ねる師匠格で、六十を過ぎても現役の大ベテランだ。
「嬢ちゃんもトーレスをサボらせないでやってくれや」
昔っからの癖で、未だに私のことを「嬢ちゃん」と呼ぶのよね。
私はそっと親方に近づいてささやいた。
「……お嬢様の衣装に必要不可欠……と言ったら?」
「ム?」
「私がお嬢様のドレス装飾を作っていることは知ってるでしょ?……でも、か弱き女手だけでは、お嬢様に十分な輝きを与えられないかも……」
「ムム?……その装飾に、トーレスの手が必要だと?」
親方は腕を組んで考え始めた。
ダステア親方は、職人気質で一見気難しい。しかし……。
「トーレスや親方の助力があれば、お嬢様はどれだけ喜んでくださるかしら……」
「ムムムム……」
同士の私はよーく知っている。
実はダステア親方はお嬢様生誕からの、超古参ガチ勢なのだ!
(ツンデレだから表に出さないようにしてるけど、バレッバレなのよ!)
幼少期のお嬢様を生で見られたなんて、肖像画でしか見られない私には羨ましくてしょうがない……。
何度古参マウントをとられ、悔しい思いをしたことか……!
しかし、推し仲間ならば気持ちは同じ!
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「炉ってのが、竈のことならこのへんはやめろ。そのへんは腐葉土だから危ねえ」
親方は土をいじりながら説明する。
「炭焼きの窯を作るのと変わらん要領だろう?物置小屋の隣なら地面が粘土質で固くていい。そっちなら風向きも屋敷や庭とは反対に流れる」
確かに……、植物や屋敷からの距離は意識していたけれど、地面のことは理解できてなかった。
工房として使っている物置小屋の隣ならちょうど良いわ!
「ありがとう親方!助かるわ」
「トーレス、おまえもそれくらい気づいて、嬢ちゃんに教えてやれ!」
ダステア親方に怒鳴られるも、トーレスはこっそりウインクをしている。
親方取り込み計画、成功だ!
「しっかし、ガラスを溶かそうだなんて……ワシにゃさっぱりわからねえ」
「ふふ、お嬢様の魅力を最大限に輝かせるための秘密よ」
微笑みながらも、なんだか懐かしい気分になる。
前世では、せっせとうちわやボードを作ったりしたものだ。
それが今世では、推しの衣装プロデュースをできるなんて、改めて考えると夢のよう……!
……炉から作ることになるとは思いもよらなかったけれど。
「あとは、念のため厚めに粘土や砂を敷いて補強するか」
その後、図面をひき、石を敷き、粘土で固め、煙穴と風送りの竹筒をつける。
庭師たちやテスタ達も手伝ってくれ、雨風をしのげる風防壁つきの炉が完成した。
「あ、あらトーレスさんも手伝ってくださっているの?」
「シェル兄様~~~」
……トーレスやシェルがいると、なぜかメイドたちの手も増えるのよね……。二人ともメイドたちのアイドルなのだもの。皆、ゲンキンなのだわ!!
「螺力と合わせれば、かなりの火力が出せるはずだわ」
特にテトの火螺力はケタ違いなのだ。炉は通常、火の温度を上げるために必要なものだけれど、テトに関しては逆に、高温すぎる火を外にださないため……といった方が良い。
(ガラスはもちろん、うまくしたら他の物も溶かせるかもしれないわ……!)
翌日には泥が乾き、炉の形になる。
「ちょっと試してみるわよ。みんな来て!」
メイド達を集めると、従者やエヴァルス様まで興味津々で集まってきた。
「み、皆様。この炉のことも含め、ガラス細工についてはくれぐれも内密に……!」
「そうよ!セラヴェル家の機密事項ですもの!!外部にバラしたものは罰金よ!一生働いても返せないくらい!」
「うわ!?」
教会対策のため念押ししていたところ、突如お嬢様があらわれた!
「どうして皆、面白そうなことはわたくし抜きでやろうとするのかしら?」
「「「「危ないからでございます!!」」」」
……私の他に、少なくともエヴァルス様とダステア親方とトーレスとソリーナは同時に叫んだわね。
「どうしてもなら、せめてこの“スティラ☆彡ラブ♡”エプロンをつけてくださいまし!」
ドレスで炉に近づくなんてさすがに火だるまだわ!
「そのエプロン二度と見せないでって言ったわよね!……わかったわよ!離れていればいいんでしょ!」
私は思わずダステア親方にささやいた。
「……あのお嬢様を、あの年まで無事に守ってこられた親方や皆さまに本当に感謝いたしますわ」
「わかってくれるか嬢ちゃん……。木によじ登るわ、炭焼き窯に手をつっこもうとするわ、窓から庭師小屋に忍び込んでナタを持っていたときにゃ、寿命が三十年ほど縮んだわい……」
「……工房では必ずすべての窓を施錠いたしますわ……!」
お嬢様がふくれっ面で遠巻きに見守る中、炉のテストが行われた。
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テトが火をともし、ソリーナが風を送ると、炉の中が一気に輝いた。
鉄皿のガラス片がゆっくりと溶けはじめ、歓声があがる。
「……赤くなって動いてる!?」
「“融けている”ということよ」
鋳型は用意できなかったので、とりあえずは木箱に灰を厚く盛った灰床を作った。灰は熱を吸い、ガラスと癒着しない──昔から再利用の際に使われてきた、最も簡単な受け皿だ。
マーシアが鉄棒で皿を持ち上げ、慎重に溶けたガラスを注ぐと、灰に触れた部分から、じりじりと色が沈んでいき、丸まった表面に徐々に曇りが広がる。
不恰好な塊……でも、元のガラス板とはまったく違う形に固まってゆく。
「これは……、長時間磨かなくてもガラスの形を変えられる、ということですの?」
ラーサが目を輝かせる。
「ええ!……ただ、思うような形に変えるのはとても難しいわ。少しずつ頑張りましょう!」
(炉もあれば格段にできることが増えるわ……!)
期待に胸を膨らませると同時に……、工房に意識を集中することで、トルドー家で感じた不安をまぎらわそうとしている自分に気が付いてもいた。
そのことを考えると、無闇に不安になるので、あまり考えないようにしていたのだ。
──螺力がないことなんて、誰に相談するわけにもいかない。
それでも、今までは“儀式を受けられなかった”という理由がはっきりしていたので、自分の中で折り合いもついていた。
しかし、そうではなかった、となると……。
(私はいったい……)
「ちょっとシアナ!いいかげん私にも見せてちょうだい!!」
しびれを切らしたお嬢様が怒鳴りこんできた。──なんと、あんなに嫌がっていた“スティラ☆彡ラブ♡”のエプロンをつけて!!
(よ、よほど見たかったのね……!)
「まあ!これがガラス……?こんな塊に!?」
新鮮に驚いているお嬢様だが、そのエプロン姿に耐えきれずにメイド達や庭師たちは爆笑している。
(スティラお嬢様がスティラ☆彡ラブ♡エプロンをつけている……!この世にこんな尊い光景があるかしら!?)
「何を笑っていますの!?あなた方全員減給ですわよ減給!!」
「そ、そんな無茶な」
ぷりぷり怒るお嬢様をエヴァルス様が収め、周囲はそれでも笑っている。
……私にとっては見慣れた……、とても大切な光景だ。
なぜか涙がにじんでくる。
「嬢ちゃん……、あのエプロン、ワシにもくれんか?」
「ええ……!もちろんよ!」
ダステア親方の小声での申し出に、慌てて涙をぬぐうと笑顔で答える。
──考えてもわからないことに悩んでいる暇なんてないわ。
今は、自分にできることで、精一杯お嬢様やセラヴェル家の皆さまに恩返しをしなければ!
(人手もそろい、炉もできた……、いよいよね)
「皆さま、この炉を中心に、セラヴェル家の装飾工房”エストルミル”を本格的に稼働開始したいと思いますわ!」
私は皆の前で高らかにそう宣言した。
「……エストルミル?」
ざわめく皆の中、お嬢様も怪訝そうな表情で振り向く。
”エストルミル”は誰も知らない言葉だろう。
(……でも、私にとっては特別な言葉──)
だから、お嬢様のための特別な工房には、この名前をつけようと前から決めていたのだ!




