50✦☾クレミナラの夜明け
金色の光に満ちた部屋に入った瞬間……、大きく開いた観音開きの窓の外、バルコニーで金の光に包まれるココの姿が目に入った。
すでに夜となった空……そして、大きな満月を背にして、ココの姿は逆光で浮かび上がる。
(これの光は……何……?螺力……?)
可愛らしいドレスを着せられたココはどこか呆然として、光の中に立ち尽くしている。
「これは……“クレミナラの夜“です……!」
テトがつぶやいた。
思わず振り向くと、リルネも驚いた表情をしている。
「月の力によって、転生の引継ぎが完了するのです。……儀式ではなく、自然の引継ぎを見るのは初めてですわ」
(え……?これが、“クレミナラの夜”──?)
“クレミナラの夜明け”の儀式は、教会が取り仕切っている。しかし今この屋敷に神官はいないようだし……。
「自然の引継ぎ……?儀式もなく、そんなことが……?」
「自分の誕生日も知らないのでは、今夜が六十回目の満月……クレミナラの夜だと、わからなかったのでしょう。当然儀式の準備もかないませんわ」
(……どういうこと?……儀式として行わなくても、“クレミナラの夜”は訪れるものなの……?)
リルネの説明に私が混乱していると、ライラさんに支えられながら現れたトルドー婦人が、引き裂くように叫んだ。
「なんてこと……!ラトレアが……、私の娘が、消えてしまう……!!」
思わず駆け寄ろうとしてよろめく婦人を、ふたたびライラさんがしっかり支えた。
「クレミナラの夜が始まれば、もう誰にも止めることはできませんわ。……“夜明け“まで、しっかり見守りましょう」
子ども達も状況を理解したのか、ココには近寄らず、ただ心配そうに見守っている。
ココは、まるで満月の光を吸い取るかのように、全身に金色の光をまとっていた。不思議そうな表情をしているが、恐怖や不安はないらしく、落ち着いた様子だ。
「大丈夫だ、ココ!俺たちがここで見ている!」
「あたしも皆も無事に終わったんだ、平気だよ!」
そう声をかけるイオやレザのことも、あまり認識できていないのか、半分夢見るようなうっとりとした様子だ。
(皆……?この子たちも皆、同じようにクレミナラの夜を迎えたの……?教会の儀式なしで……?)
疑問は膨らむが……口にするわけにもいかず、ただココを見つめる。
やがてココは目を閉じ……、身体を包んでいた金色の光が、少しずつ少しずつ、変化し始めた。
「……青色……、水属性だ!」
テスタが小さく叫ぶ。
長い時間をかけて、ココを包む光は、金から透き通るような青へと変化していった。
そして、また長い時間をかけ……、その青い光もココの体内に染み入るかのように、うっすらと消えてゆく。
それは幻想的で美しく……、なぜか寂しい光景でもあった。
「ああ……」
ライラさんに肩を抱かれて座り込んでいたトルドー婦人が、かすかにため息のような嗚咽を漏らした。
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そして、空がだんだん白んでくると同時に、ココを包んでいた光は完全に消えた。
ココはうっすらを目を開く。
「……わあ!羽の生えたちっちゃい人がいる!」
宙を見て声をあげると、その瞬間、ココの周囲を水しぶきが円を描くようにするんと飛び散った。
ココは水属性の螺力を得た……らしい。
「これって、前に兄ちゃんたちが言ってた精霊!?ココにも来てくれたんだ!」
私たちには何も見えないが、ココには確かに見えているようだ。
それを聞いて、息をのんで見守っていた周囲の空気が、ほっと緩んだ。
「……無事に、クレミナラの夜明けを迎えたのですわ。今から本当のココとしての人生を歩むのですわね」
「おめでとうございます……!」
リルネに続きテトも小さくつぶやいた。……そうだ、“クレミナラの夜明け”は第二の誕生──、祝福されることなのだ。
「あ!テスタ兄ちゃん、イオ兄ちゃん……、レザ姉ちゃん!」
ココはようやく周囲の様子に気が付くと、テスタ達に駆け寄って縋り付いた。
「良かった……!ココ、もう兄ちゃんたちに会えないのかと思った……!」
「ココ!大丈夫?どこも痛くない?ひどいことはされなかった?」
「綺麗なお洋服と美味しいお菓子をもらった!みんな優しかったよ?」
「そうか……無事で、本当に良かった!」
子ども達は抱き合って再会を喜んでいる。
一方で、トルドー婦人は完全に生気を失った表情で、椅子に深く座り込んでいた。
「……私の、ラトレア……」
メイドの一人が駆け寄って、婦人の足元に跪く。
「……奥様。ココさんはラトレア様の転生先ではございませんでしたわ。……お聞きになったでしょう、ココさんの前世を」
「ええ……、ええ……!」
トルドー婦人は両手で顔を抑えた。
「……あの子は、ラトレアは……、生まれたときから病弱で、ほとんど部屋から出られませんでしたわ。でもココちゃんの前世は……、花畑で遊び、木に昇り、野を駆けまわっていた……」
「おそらくですが、貴族邸の庭師の娘だったと思われます。……ラトレア様ではなく……」
メイドの説明に、トルドー婦人はただ涙を流すだけだった。
「ラトレア様も……、今はきっと転生先で、健やかな日々をお過ごしだと思いますわ」
ライラさんがそっと婦人に寄り添った。
「私も……大切な人の転生先を追いたくなったことがございますわ。……でも転生した方は、魂は同じでも別人なのです……。スティラお嬢様が教えてくださいました。大切な人の面影は、私の中にきちんと残っています」
トルドー婦人は涙をハンカチーフで拭いつつも、ライラさんを見つめた。
「ラトレア様は、ラトレア様のお姿のまま……奥方様の中に永遠にいらっしゃいますわ」
ココは子供たちに囲まれ、新しく覚えた螺術を使ってみたり、他の人には見えない精霊について一生懸命説明したりと楽しそうにしている。
その姿を見つめ、トルドー婦人は目を閉じた。
「あの子にも家族がいたのですわね……。家族を理不尽に奪われる苦しみを誰よりも知っているのに、わたくしは同じことを……」
「……そうです、トルドー婦人」
私は婦人の前に出た。
「あの子たちが今日まで……どれだけココのことを心配し、必死で行動してきたか──。幼いココが、どこでどうしているか、無事でいるのか、気が狂わんばかりの日をおくっておりました。あんな年端もゆかぬ子どもたちが」
「……ああ……、私は、本当になんということを……」
──同情すべき事情があるのはよくわかった。しかし、やったことが許されるわけではない。
「……お願いでございます、スティラ様、シアナ様!!」
メイドがトルドー婦人の前に出て跪いた。
「このようなことをお願いできる立場でないのは重々承知で……、どうか教会にはご内密にお願いできませんか……、奥方様はラトレア様を失ってからというもの、転生先を捜すことだけを心の支えにして、なんとか生きてこられたのです……!」
「いえ。……犯した過ちは償わないといけませんわ」
メイドを諫めるトルドー婦人を前に、私とお嬢様は顔を見合わせる。
教会にこのことを告げれば……誘拐に加え円環の理に反した罪。トルドー婦人どころかトルドー家自体、ただではすまないだろう。
お嬢様は呆れたようにため息をつくと、少し首を傾げた。
「まだわかってらっしゃらないのかしら。それは、わたくし達に聞くことではなくてよ?」
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「本当に……、ごめんなさい……。申し訳ありませんでしたわ」
トルドー婦人はココや子ども達の前に深く腰を折り、謝罪した。
……そう、この件の被害者はココと子ども達だ。私たちはただ少し手を貸しただけ。
「ココは……、お洋服とお菓子は嬉しかった。おばちゃんたちも優しかったし……兄ちゃんたちに会えないのだけ、嫌だったけれど、会えたからそれでいいの」
ココはそう答えた。
「……浮浪児なら誘拐してもいいと思われたのは腹が立つ。俺たちは野良猫じゃない。──でも、教会に関わりたくないから不問でいい」
「ココが許すって言うなら、あたしがどうこう言うことじゃないけど、……二度と、誰に対しても、こんなことしないで」
イオとレザはまだ怒りを湛えた眼でトルドー婦人を一瞥すると、そう言い捨てる。
「俺たちは教会には関わりたくない。だから教会には何も言わないし、言ってほしくない。──俺はココの気持ちが一番大事。だからココが許すなら、俺も許したことにする」
テスタもそう言い切りながら、婦人を睨んだ。
「あらあら!ではひとまず、この話はこれで一段落かしら?」
見事に空気を読まず、しゃしゃり出てきたお嬢様が、両手を腰にあててふんぞりかえった。
「では!このスティラ・セラヴェルの采配にて、この件……、」
「ねえねえ、おばちゃん!」
お嬢様が主役さながら、得意げに話を締めくくろうとしたところで、ココが駆け寄ってきた
「お、おばちゃ……!?わ、わたくし、まだ二十一……」
「おばちゃん、ココ、またこのおうちに来てもいい?」
ココはお嬢様の隣をすり抜け、トルドー婦人に明るく話しかけた。
その無邪気な笑顔に、トルドー婦人は、ぼろぼろと大粒の涙をこぼす。
「ええ…、ええ……!いつでも来てほしいわ。美味しいお菓子を用意しておくから……、もちろんお友達の分も……!」
「わーい!……でも、おばちゃん、なんで泣いてるの?お腹いたい?」
答えられずにただ、目元をハンカチーフでおさえる婦人に、ココは背伸びをした。
「お腹いたいときは、痛いのないないってするの!痛いのないない~~ないない~~!」
慌てた様子でそう言いながら、一生懸命トルドー婦人のお腹をさすろうとするココを見れば、他の者はもう何も言えない。
トルドー婦人はたまらなくなってしまったらしく、崩れ落ちるようにココを抱きしめていた。
……お嬢様はこの空気の中でもめげずに、「ではこれにて、一件落着ですわ!!」と無理やり仕切り直してオホホ笑いをしていた。ダイヤモンドメンタルは健在!
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「……こちらはもう、必要ないかもしれませんけれど」
帰り際、私は予備で持ってきていたチャームを渡そうとした。しかしトルドー婦人は首を横に振る。
「お茶会でいただきました割れたチャームと、先ほど砕け散った物を集めて……戒めとしてそばに置きたいと思います」
そして私とお嬢様にも、深くお辞儀をした。
「この度は大変なことをして……セラヴェル家の皆さまにも多大なご迷惑をおかけいたしました。お詫びのしようもございません」
「あら!気にしなくてもよろしくってよ……。ただ今後、そちらのお茶会にもお邪魔させていただいてもよろしいかしら?」
(お嬢様、ナイスですわ!)
私は内心ガッツポーズをした。
トルドー家に頻繁に出入りできるようになれば、ユーテリア嬢の冤罪についての情報も集めやすくなる。
「は、はい……!……元は、ラトレアの転生先の情報を少しでも得られたらと思い、頻繁に開催していた会ですが……、スティラ様にお越しいただけるなら、喜んで」
「まあ嬉しいこと!では、このシアナと、それにココ達も連れてまいりますわ」
ココの名を聞くと、トルドー婦人はたちまち瞳に涙をためる。
「本当に、本当にありがとうございます……!」
こうして、ココは無事子ども達の元に戻り、今後トルドー家から情報も得やすくなった。社交界でのお嬢様の株だってきっと上がったわ。
万事がうまくいった……。
(ただ……)
心の中にひっかかったことがある。
(……神官の元で“クレミナラの夜明け”の儀式を経なくても……、六十回目の満月を迎えれば、誰でも自然に螺力や精霊は得られるものなの……?)
ココや他の子ども達、それを見守った大人たちの反応からしても、それはごく当たり前のことのようだった。
「教会が取り仕切っているのは、単に螺力の管理のためだと思いますわ。総国民螺術全書への記載が必要ですもの。……こういう子ども達のことは管理から外れるのでしょうけれど」
リルネがそう説明してくれた。
……ということは。
(私に螺力がなく精霊がいないのは……、儀式を受けられなかったからではないのだわ。では、なぜ……?)
朝焼けも眩しい、“夜明け”の余韻の中……。
どこか、うすら寒くなるような……。足元にぽっかり大きな穴があいたような、不安な気持ちを抱えながら、私は屋敷に戻った。




