45✦☾エリヤの忠告
というわけで、お嬢様発案の「セラヴェル家大お茶会」に向け、屋敷は一気に慌ただしくなった。
名目はお嬢様の社交界デビュー記念。セラヴェル家としては奥方様がご病気で伏せられて以来の催しで、失敗は許されない。
本来の目的──ココの捜索──は、セラヴェル伯にもセズネイ様にも、奥方様にも伏せることになった。晴れの席に混乱の種は持ち込むべきでない、とエヴァルス様やアデリーナ様が言ったからだ。私自身、ココのためにも騒ぎは避けたい。
(さあ、セラヴェル家の総力戦よ……!)
総執事長セズネイ様とエヴァルス様は招待客の選定を始め、屋敷付きのメイド達はライラさんの指揮で計画を立てる。大規模なガーデンパーティとあって庭師達も張り切っていた。
アデリーナ様はお嬢様のマナー特訓に熱が入り、お嬢様はほぼ軟禁状態。どうせあのバラ色のほっぺをぷくっと膨らませているのだろう。可哀そう可愛い。
当然、我らお嬢様付きメイドチームも、お嬢様のドレスや髪型、アクセサリー選び──いや、アクセサリー作りにと奔走している。
「次はどんな装飾にしましょう」
メイド達もはりきってはいるものの……、
「ただ……、前回と同じようなガラス装飾をたくさん作るのは、時間的に難しいですわね」
「確かに……。とても大変でしたものね」
思い出しただけで疲れたのか、ラーサとリルネがちょっと眼を伏せる。
確かに……、前は他の使用人たちが普段の仕事を手伝ってくれたが、今回は屋敷中全員が忙しいのだ。さすがに甘えられない。
「そうね。今回は今まで作ったガラス装飾の組み合わせを変えたり、色を変えて新鮮みを出しましょう!」
「色!?」
メイド達が一斉に顔を上げる。
「大丈夫、裏から布や紙を貼ったり、彩色するだけで色は変えられるわ」
「そ、そっか!ガラスは透明だもんね」
チェスカが叫び、皆もどこか安堵の表情を浮かべる。
「色がついたガラス装飾……、きっと素晴らしいものですわね」
「何色がいいでしょうか~~」
ようやく活気が戻ってきた。……とはいえ、装飾制作の人手不足はずっと課題なのよね。
──そして。
(今回はドレスだけじゃなくて……、お客の心をとらえるような工夫も考えなきゃ……)
装飾外交しかないと思ったものの、時間も労力もさしてかけられない──、もうフィールドワークも難しいし、新しい素材も使えない。
今まで作ったガラス装飾などを再利用……あるいは最初に作ったような小さなガラス片を使って何か……。
(単に小さな装飾をお土産として配るだけでも、喜ばれはするかもしれないけれど、それで情報を聞き出しやすくなるとも思えないし……)
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物置小屋──いや工房でガラス装飾を広げて悩んでいた時、門番の使いが駆け込んできた。
「またこんなところに!メイド長、客人です!」
「え、私に?」
急いで門へ向かうと、浅黒い肌に黒髪を編んだ青年と、小柄な……少年?が立っていた。
ぱっと見では誰かわからなかったが、
「どもども、シアナちゃん。お久しぶりですナ」
その口調で思い出す。
「エリヤ様──!?」
舞踏会で会った、教会所属の学術者。鉱石にも詳しかった……。
だが今日は教会の制服ではなく平服で、ただの若い貴族風。後ろの長身の青年も会釈した。
「こっちはゼーラ。まあ部下みたいなものですナ」
「不本意ながら」
ゼーラ様は一切表情を動かさずにそう言った。不本意なのね……。
「あの、それで今日はどういった……」
「見ての通り、今日は教会の神官ではなく、一学術者……いや、シアナちゃんの友人として訪れてみました」
友人になった記憶はありませんが……?というわけにもいかず、曖昧に笑う。
「『友人になった記憶はありませんが』って顔されてますよ、エリヤ様」
「気のせいですよ、ゼーラ」
……このゼーラ様はなかなか鋭いようだ。気を付けよう。
「単刀直入にいきまショ」
エリヤ様はそう言うなり、ずかずかと庭に入り込み、迷いなく物置小屋……ドレス装飾工房に向かってゆく、
「え?ちょ、ちょっとエリヤ様!困りますわ、いくら教会の方と言えど勝手に……」
素早く止めようとするも、ゼーラ様に阻止される。
……この私の前に回り込めるなんて!?このゼーラ様も只者ではない……!
工房についたエリヤ様は、窓から中を覗き込む。
「ふんふん、研磨盤に研磨の棒……すごいネ、手製?素材はガラス、大理石、石膏……黄鉄鉱にエミリー……なるほどネ」
「エ、エリヤ様、ここはその……庭師の仕事部屋で、私は何のことだか……」
一応、ギリギリまで知らぬ存ぜぬを貫こうとあがいたものの……。
「実は庭師サンにはもう確認してるんだよネ~~。この工房を作ったのはシアナちゃん、だよネ?」
にんまりと微笑むエリヤ様に、思わず頬がひきつる。
(えええ!?い、いつのまに!?)
「とりあえず、ゆっくり話をしまショ。大丈夫、ボクら敵じゃないので。怖くナーイ」
「……場合によってはどうなるかはわかりませんがね」
「ゼーラ?アナタ本当に余計な一言が好きですネ」
「趣味ですからお気になさらず」
(気になるわよ……!場合によっては敵!?なぜ教会の人たちが、私を??)
まさか、ついに前世バレ!?それで私が逸脱者だと──!?
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「鉱石加工はサ、教会所属以外の人がやっちゃダメなんだよネ」
工房の粗末な椅子に腰かけて、エリヤ様は軽い調子でおっしゃった。
「……え?」
意外な言葉に、肩の力が抜ける。
「シアナちゃんも知っての通り、石材を扱う建築業は公共事業扱いで、教会の管理下なのですヨ。鉱石加工もそこに含まれるんですナ」
「で、でもガラスは鉱石ではありませんし……」
ガラスは鉱物ですらない。鉱物の定義を満たしていないのだ。
ぶつぶつと言い訳がましくつぶやくと、ゼーラ様の眉がびくりと動いた。
(え、こ、これも言っちゃいけなかった?)
いえ、エリヤ様もお詳しそうだったし、これくらいのことは普通の知識のはず……。
「確かにそうなんだけどネ……。ミネラロイドも無機物は隠した方が無難かナー」
ミネラロイドとは、鉱物ではないけど鉱物に似た天然物質の総称だ。ガラスも含まれる……。
「法で明確に禁じられてはいませんが、“大っぴらに”されると教会としては止めざるを得なくなるので」
「そんな!なんてケチくさいの!」
ゼーラ様の説明に思わず本音が飛び出て、エリヤ様を苦笑させてしまった。
この世界に独禁法はないの!?
「でも、ご婦人方の小さな装飾品は公共事業とは言えないし……、ボクが“友人”としてお目こぼししてもいいかナーと」
「ありがとうございます親愛なる友人エリヤ様!!」
「突然の友人認定……」
ゼーラ様が能面のような顔でつぶやいているが、そんな話ではゲンキンにならざるを得ないわ!
教会事業に競合するわけでもないのに、手作りのガラス装飾までダメだなんて……!
「シアナちゃんってば次々に目立つ装飾作るでしょ。どこかで神官の目に入ると厄介なんだよネ。ボクじゃ他の神官は止められないし」
「この人、偉そうですが別に偉くはありませんので」
「ゼーラ?その説明いらないかナ?」
ゼーラ様ってソリーナを彷彿とさせるわね。
「でも、違法ではないのですよね?」
「ン~~~……、当たり前すぎてわざわざ法に定めてないだけっていうか……」
(……どういうこと??)
「たとえば生徒の大半が”爆弾”を知らない学校では、“学校に爆弾を爆発させてはいけない”なんて校則は作られない……、でも実際にやったらチョ~怒られる、みたいな?」
(それは校則以前の問題では……)
「よくわかりませんが、とにかく見つかれば罰される……?」
「そーネ。教会は独占に厳しいんだよナ~~」
「理不尽!!」
「円環の理と言えば、どんな理不尽も正当化できるからサ」
宗教権力の横暴ここに極まれり!政教分離って大事!!
「お嬢様のドレスくらいは……」
「屋敷内なら良いけど、舞踏会に出す場合は事前に相談してほしいかナ。ボクらだいたい王宮にいるから」
(面倒ーーーー!!)
「『面倒ーーーー!!』という顔をされていますが、御身とセラヴェル家の安全のためです」
ゼーラ様、読まないで。
「ボクらも教会の独占には辟易してるんだよネ。学術者としては鉱石文化、広まってほしいと思ってるくらい。なんで目をつけられないよう協力はするけどサ、気は付けてほしいワケ」
そう言われても……。
「えーと、実は大規模なお茶会で、ガラス装飾をお土産にしようと……」
「あ、それはダメかナーーー。珍しい物だし、ご婦人方は自慢するでショ。貴族中に広まれば、どこかで神官の目に入るカモ」
そ、そんな……唯一の外交策なのに!
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「ま、とにかくガラスも含め、“ミネラロイド系の装飾は神官の目に触れさせない”──覚えといてネ」
門を出る前にそう言い残して、二人は帰っていった。
(まさか、そこまで厳しい独占状態だったたなんて……!)
お手製の装飾にまで注意が入るとは。そりゃ社交界から宝石が消えるわけだ……ケチにも限度がある。
しかも、お茶会でのお土産を考えていた矢先──。
神官が儀式などのために王宮や貴族邸宅に出入りすることは割とあるらしく、見つからないようにするには、外見を飾る装飾品ではなく、さらに話題にもならないような物でないと厳しい。
(装飾なんて“見せてナンボ”なのに……!)
しかも、今回は来客の心をつかむのが目的。自慢したくなるような物じゃないと意味がない……。
「綺麗で珍しくて、令嬢方の気を惹けて……でも、人に決して見せない装飾……」
禅問答じゃないのよ!と思ったものの、私ははっと思い出した。
「──あるわ。まさにうってつけの物が!」
あれなら、令嬢方の心を確実につかめるし、情報収集のきっかけにだってできる。
「少々手間はかかるけど……なんとかなるわ!」




