44✦☾『失追者』と呼ばれる人々
翌朝、テスタたちは一度、川向うの集落に戻っていった。
──誘拐前に子どもたちに声をかけていたという男の話を収集するためだ。
その間に私は、お嬢様提案のお茶会で、どうすればココやユーテリア様の情報にたどりつけるかを考えていた。
お茶会でただ談笑していても手掛かりを得るのは難しいだろう……。
「まさか、女の子を誘拐しましたよね、なんて言うわけにもいかないし……」
(せめて犯人の動機を知ることができれば……)
そんなことを考えていると、早くも子どもたちが帰ってきた。山越えの道は確かに相当な近道のようだ。今度教えてもらおう。
……ただ、かなり過酷な道らしい、
「なんですか、このズタボロ具合は!もう一度風呂に入るまで屋敷内には立ち入り禁止です!!」
……というエヴァルス様の悲痛な命令により、仕方なく中庭で報告を聞くことになった。
「声をかけられた子どもはだいたい三歳から五歳、全員、前世について訊かれたらしい」
それがテスタの報告だった。
「前世について……?」
『クレミナラの夜明け』の儀式を行う六十回目の満月までは、この世界の人なら誰でも前世の記憶がある。とはいえ、あまりに幼いと言葉にはできない。
前世について人に話せるのは三~五歳くらいの短い期間だ。
「ココは、まだ『クレミナラの夜明け』の儀式はしていないのね?」
「まだだ。多分もうすぐ?」
浮浪児あるあるで、たいていの子は自分の誕生日を知らない。年齢すらあやふやな子が大半だ。
ちなみに私も自分の誕生日は知らないので、お嬢様に出会った日を勝手に誕生日だと思っている。
(儀式前ということは、ココも前世の記憶がある……)
「あの……、シアナメイド長」
その会話が聞こえたらしい、屋敷付きのメイド長が、遠慮がちに会話に入って来た。
ライラさんという、三十代くらいの落ち着いた上品な方だ。
屋敷付きメイドは、我々お嬢様付きメイドが忙しいときには手伝ってくれたり、またその逆もあったりと、助け合う仲間のようなもの。
二十人ほどの屋敷付きメイド達を束ねているのが、このライラメイド長だ。
「ココちゃんというその子、前世を確認したうえで誘拐されたなら、──犯人は『失追者』の可能性がありますわ」
「『失追者』?」
それは初めて聞く言葉だった。
様子を見に来たらしいエヴァルス様とアデリーナ様が、はっと顔を見合わせる。
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「『失追者』とは、愛する人を亡くした後、その人の面影を求めて転生先を捜す、悲しい人たちのことでございます」
ライラさんは静かな声で説明した。
「御存じのとおり、魂は肉体を失うと同時に、次の肉体にやどります。……愛する人を亡くした頃に生まれた子どもを捜せば、その人の転生先に巡りあえるのかもしれないのですわ」
「……しかし、そんな途方もないことを……?」
転生は全世界規模で起きる──場合によっては私のように異世界の人間もいるかもしれないのに。それを捜し回るなんて……。
「財力のある者でしたら、人を使って気が済むまで探し続けることもあるでしょう。どうせ五年以上が経てば前世の記憶は完全に消え、諦めるしかありませんから、それまでのこと」
ライラさんの話を聞いていたアデリーナ様が苦々し気に呟く。
「転生の流れに逆らう『失追者』は、円環の理に反することです。当然教会は許しておりません。そもそも見つけられた試しもほぼありませぬ」
……私は、大切な人を亡くしたことはない。
しいて言えば祖母がそうだったのだろうが、あのころ感情は希薄で、悲しみを感じることもできなかった。
でも、もし今お嬢様に何かあれば──私は世界の果てまでも探しにゆくかもしれない……。
「ココはもうすぐ五歳……五年ほど前に大切な人を亡くした人が、ココをその転生者だと思って、連れて行ってしまったということ……?」
「そうかもしれない、というだけですが」
「いえ……十分ありうると思いますし、それでしたら必要な情報が大分絞れます」
トルドー家で、もし五年前に誰かが亡くなっていたら……。
「みんな、ココは前世について、何か話したことはなかった?」
私が尋ねると、子ども達が口々に答える。
「大きなお屋敷のお花畑で遊んでいたという話を聞いたことはある」
「多分、お金持ちの家の子だったんだと思う。綺麗なドレスや髪飾りがたくさんあったって。今はないって悲しんでた」
私は、ライラさんやアデリーナ様、エヴァルス様を見つめた。
この流れながら、ようやく口にできるわ。
「……ライラさんのお話と、ココの前世を合わせると……、王都のお金持ちの屋敷に連れていかれたと思われます。──貴族の可能性も」
一瞬、場がしんとする。
子どもたちは厳しい目つきで、じっと私たちを見つめている。……彼らには最初からわかっていたことなのだ。
「まさか……!貴族は円環に選ばれし者ですぞ。その転生先が浮浪児であるはずもないし、まして失追者になってしまうなどと……」
エヴァルス様は不快そうに眉をしかめた。
「……エヴァルス様。愛する人を失う悲しみは、人を狂わせますの。どんなに立派な方でも……耐えきれないことはございますわ」
静かに、でも妙な説得力をもって、ライラさんは微笑んだ。
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「ちょっと!皆して中庭で、何を集まってるのよ!」
仲間外れが嫌いなお嬢様が飛び出してきて、場は一度お開きになった。
子ども達は再び風呂につっこまれるために連れていかれる。
私はライラさんに頭を下げた。
「ありがとうございます。とても貴重な情報でしたわ」
「いえ……。実は私も数年前に夫を亡くしたとき、──危く『失追者』になるところでしたの」
はっとしてライラさんを見つめる。
「もう一度夫と会えるなら……、話をできるなら……、他のことはどうなってもいいとまで思い詰めましたわ」
いつも穏やかで優しいライラさんに、そんな悲しい過去がおありだなんて、まったく知らなかった……。
「でもそこにいるお嬢様がおっしゃったのですわ──『そんなの、もう一度目の前で旦那を失うだけじゃないの』って」
「え?何の話??」
状況がまったく読めていないお嬢様は、突然名指しされて振り向いた。
「確かに……、例え奇跡的に見つけ出せても、すぐに夫のすべてが消え去り赤の他人になるのを見るだけですわ……。──私は夫の魂が夫の身体で生きていたときの思い出を大切にすると決めたのです」
そしてライラさんは、改めてお嬢様に深くお辞儀をした。
「お嬢様……その節は、本当にありがとうございました。おかげで私は、道を誤らずにすみました」
「だから、何の話よ??」
「お嬢様ァァァァ!!!」
私は思わず、号泣しながらその足元にひれ伏した。お嬢様は私を救ってくださったように、他の方もしれっと救ってらっしゃるのだ。
「え、なんでシアナが泣いてるの?怖……」
感動感涙そしてキョトン顔可愛いたまらん!……という私の思いは伝わらず、お嬢様は後ずさっていった。
ともあれ、これでお茶会で何をすべきかのメドがついた。
五年前に亡くなった人、小さな女の子を迎えた家の噂、ユーテリア嬢やお嬢様の中傷のこと……。トルドー家を中心に、このあたりの探りを入れる。
そして後日トルドー家をお邪魔できるようなきっかけをつくる!
(多くの令嬢や奥方、また御付きメイドの心をつかまないといけないことを考えると、ただのお茶会だけじゃ弱いわね……)
何か話のきっかけになったり、客人たちの心を緩ませるようなものがないと。
(やっぱりここは、「装飾外交」しかないのかしら……!?)
私ができることで、貴族の令嬢達を喜ばせられそうなものといえば、それしかない……!




