43✦☾子どもたちとの再会
「五人もの浮浪児をこの屋敷に!?」
エヴァルス様が卒倒しそうな勢いで叫んだ。
「あ、あのその、それはちょっと……え、衛生面と悪臭が……」
「汚れなんてうちのお風呂で洗えば落ちるわ!匂いだって、この屋敷には数百もの香水だってあるのよ!」
お嬢様のその言葉に、私は思わず顔を上げた。
──それは、私と初めて出会ったときに、輝く朝日を背負って、お嬢様がおっしゃった言葉だった。忘れられない出会い──。
(お嬢様は、変わっていない……!浮浪児だった私を救ってくださったあの頃のまま……)
「はい!!全力で洗い、香水をふりかけまくりますわ!!」
なんだか嬉しくなった勢いで、全力で顔面を地べたに打ち付け、横にいたリルネを怯えさせてしまった。
✦••┈┈┈┈••☽••┈┈┈┈••✦
そこからは……まさに阿鼻叫喚だった。
「信じられませぬ!なぜこのようなことに!!」
隣の部屋から、エヴァルス様の嘆きが聞こえてくる。……が、こっちもそちらに気をとられる余裕はない。
「強くこすらないでくれよ!痛いじゃないか!」
「これくらいじゃないと、垢が落ちませんわよ!」
「アワアワが目にしみる、やだぁ!」
「目を閉じて!大丈夫よ、何も怖くないわ!」
五人中、二人は女の子だった。レザという十一歳くらいの子と、八歳くらいのメセナという子だ。
その二人をなんとかして、綺麗に洗おうと私とマーシア、リルネの三人で、風呂桶で奮闘しているのだ!
(元はお嬢様のためだったけれど、灰汁石鹸やカオリナイトのクレイシャンプーを多めに作っておいて正解だったわ!)
男の子はというと、テスタのほかに、十二くらいのイオという少年と、八歳くらいのヤーナという子が、隣室でエヴァルス様と従者の男性に洗われている。
……本来エヴァルス様がやるようなことではないのだが、他に手が空いている男性がいなかったのだ。
「ぼく、オフロきらいぃぃ!」
「綺麗にするだけだ!!痛くないから大人しくしなさい!」
幼いヤーナの声だろうか。
浮浪児って風呂が嫌いなのよね。なんとなく怖いのよ。洗われること自体も、綺麗になることも。防壁がなくなる感じがするの。
──知らないもの、慣れていないもの、新しいことは、怖い。
それは私の経験でもあるけれど……きっと、人間って皆そうなんだわ。
✦••┈┈┈┈••☽••┈┈┈┈••✦
数時間後、我々がずぶぬれになったかいあって、五人の子どもたちは、とりあえず衛生的にはなった。
「これで、お屋敷のベッドを使っても問題なくてよ!」
古着だけれど清潔な服を着せれば、皆、居心地の悪そうな、照れたような顔をして、黙って並んでいるのがおかしい。
特にテスタとレザは、そわそわと落ち着かなかった。
「風呂なんか入ってる場合じゃない……、ココは」
「あら、ずいぶんマシになったじゃない?」
お嬢様が上機嫌に現れた。
「なんだかわからないけれど、王都で行方不明になったなら、王都の情報を広く集めればいいんでしょう?……それなら、このセラヴェル家に安心して任せなさい!」
あっけにとられる私やエヴァルス様の前で、お嬢様は両手を大きく広げた。
「セラヴェル家主催の、大お茶会を開催しますわ!!」
得意満面のお嬢様とは対照的に、エヴァルス様は愕然として震えている……。
「い、嫌な予感しかしない……」
しかし、そんなエヴァルス様の隣で、私は目を輝かせた。
(これは素晴らしい案だわ!さすがお嬢様……!!)
✦••┈┈┈┈••☽••┈┈┈┈••✦
子どもたちが全員同じ部屋がいいと言うので、広い屋根裏部屋に泊めることになった。
使っていないベッドやマットレスを引っ張り出してこれば、子ども達の宿には十分そうだ。
私は不安そうにしている子供たちを座らせる。
「お茶会ってなんだ!?そんなことをしている暇なんて……」
テスタが苛立ちながら呟いた。
「連れてかれた家だってわかってるんだよ!?すぐ行こうよ!」
レザも耐えきれなくなったように叫ぶ。
「だから俺は言ったじゃねぇか。貴族なんか信用するなって。こんなところまでノコノコやってきて、風呂なんか入って、馬鹿みたいだ」
イオという背の高い少年は、飄々とした口調ながらも怒りをにじませた表情で腕を組む。
「無理にことを進めて、犯人に気づかれたら余計にココを取り戻せなくなるわ」
私は皆の顔を見回しながら、一言一言、しっかりと伝える。
「トルドー家にいるなら、少なくとも奴隷商人や変質者に攫われたわけじゃないから、切羽詰まった危険は少ないと思うわ。そして、……ここセラヴェル家はトルドー家より上位。うちがお茶会に誘えば断れない。必ずやってくるはずよ」
そう……、私はトルドー家のお茶会に潜入することばかり考えていたけれど、お嬢様が言うとおり、セラヴェル家が開催すれば良いだけなのだ!
奥方が病弱でお嬢様がやんちゃすぎ……もとい深窓の令嬢ゆえ、セラヴェル家には女性主体の交流舞台が無く、その発想が完全に抜けていた。
(お嬢様には本当に頭が上がらない……!天才ジーニアス!!)
ついニヤついてしまうが、慌てて冷静に戻る。
「お茶会がきっかけになり、次は向うが御礼に誘ったり、誘ってくれなければ、こちらが落とし物があったとか何とか言って入り込みやすくなる。……貴族って面倒ね。でもこういう方法の方が確実なのよ」
「そんな、まどろっこしい……!」
レザが悲痛な声を上げる。
しかし、黙り込んでいたテスタは静かに顔を上げた。
「……俺はシアナの言うとおりにしようと思う」
「テスタ……!」
「確かに……証拠もないのに、レザが見たってだけで、貴族がココを返すとは思えない。あいつら俺たちのこと、野良犬以下だと思ってる。シアナの言うとおり、余計ココを捜しづらくなるだけだと思う」
「でも……、じゃあこの人らは、本当にココを捜してくれるの?お茶会なんて呑気なこと言ってて……」
レザという子はかなり慎重なようだ。
「そうね。簡単に人を信用しないのは大事よ。……私も昔、知らない女の人に、突然お風呂に入れられ、多少マシな服を着せられたと思ったら、奴隷商人に売られかけたことがあるわ」
子どもたちは驚いたように顔を上げた。……小さい子の前で話すことではないかもしれない。でも、この子たちには同じ危険が身近にあるのだ。
「おねーさん、見た目に寄らず、割と修羅場くぐってる?それとも、俺たちを懐柔するための嘘?」
イオが半信半疑で睨みつけて来た。懐柔とはなかなか難しい言葉を知っている。
「さあ、どうかしらね。──とにかく、今日は皆疲れてるだろうから、しっかり寝て。後で簡単な食事も差し入れるわ。そして、明日から行動開始するわよ!」
食事という言葉に、特に小さいメセナとヤーナは目を輝かせる。
テスタ、イオ、レザはまだ不審そうだったが、今は従うと判断したようだ。
扉を閉める前に、私はじっと子どもたち──特に、テスタを見つめた。
「テスタ。あなたは何の見返りもないのに、リルネを必死で助けてくれたわ。私もリルネもお嬢様も、けっしてその恩を忘れない。──それは信じて大丈夫よ」
この子たちは、誰かを信じること、助け合うことを、ちゃんと知っているのだ。
そうでなければ、とっさに他人を助けることなんてできない。
(その子ども達の心を深く傷つけ、ココを誘拐した犯人──絶対に突き止めて、ココを取り戻すわ!)




