第94話
「教皇様の昔話?」
「はい、これは初めて他人に語る話です。王の兄である領主様も、ノベト様も、十分に信頼できる方々だと判断したからこそ、お話しするのです。」
「……領主様、王の兄だったのですか?」
「それは後にしてくれ! 今は教皇様のお話に集中しよう!」
「……それでは、お話を始めましょう。」
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昔、ある魔族がいた。
その名はパリオン。
魔族の中でも最大の魔力を持ち、名高い存在だった。
だが、有名であるほど妬みも多くつきまとう。
そうした生活に嫌気がさした彼は、ある日を境に世界を旅することを決意した。
額に生えた二本の角から放たれる魔力で、あらゆる魔法を操ることができた彼は、何不自由なく各国の言語や文化、服飾などを学びながら暮らしていた。
そんな彼がアポロニットという国を訪れたとき、運命の出会いがあった。
「ねぇ、私、精霊なの。今あなたが何を言ってるか、わかってる?」
「はい。私に伴侶になってほしいと言っているのですね。」
パリオンは、ある精霊に一目惚れした。
そしてその国に留まることを決めた。
幸いにも、多民族国家であるため、暮らす上で大きな障害はなかった。
彼は精霊と多くの時間を過ごしながら、粘り強く愛を告げ続けた。
人間であれば一生分にも相当する年月を捧げて。
当初は冗談だと思っていた精霊も、やがてその真摯な気持ちを理解し、二人は夫婦になることを決意した。
「パリオン、私はあなたに教皇になってほしいの。」
ある日、銀髪の精霊は言った。
「必要ない……あなたがいれば、それだけで幸せだ。」
大きな木の下、彼女を抱きしめながらパリオンは愛の言葉を囁いた。
すると精霊はその腕を振りほどき、彼にドロップキックをかました。
彼女は元気で勝ち気な性格だった。
「教皇になりなさいよ! 教会にいれば、私以外の女と関わらずに済むし、女神様がずっと見守ってくれるでしょ!」
そして彼女は単純だった。
倒れたパリオンは額を押さえながら言った。
「……それなら普通の神職者でもいいのでは?」
「やるからには最高の地位に就きなさいよ!」
「うーん……魔族が教皇になれるのか? 前例がないぞ……」
「できないことなんてないわ!」
精霊は常識を超えたことをしばしば口にした。
だがそのすべてがパリオンには甘美に響き、叶えてあげたいと願った。
そうして彼は不可能に挑む決意を固めた。
その日から彼は名前を「パリオト」と改めた。
自分の本当の名を呼べるのは、精霊ただ一人でいいと思ったのだ。
当然、アポロニア教は魔族の聖職者登用に否定的だった。
そこで彼は、自身の魔力の源である二本の角を折り、教会へと捧げた。
それはすなわち、教会にすべてを捧げる覚悟の証。
皆が驚いた。
魔族とは、人間をはるかに上回る魔力を持ち、誇り高い種族とされていた。
その誇りを象徴する角を、彼はすべて差し出したのだった。
その結果、彼は教会に認められ、聖職者となった。
聖職者としてあらゆる勤めを果たし、長い歳月を過ごした。
人間よりも長命な魔族である彼は、やがて順当に教皇にまで登り詰めた。
そして、教皇となった彼は、再び精霊を訪ねた。
かつて過ごした大樹の下で、彼女は満面の笑みで迎えてくれた。
「本当にやり遂げたのね?」
「はは……あなたがやれって言ったから。」
「おめでとう、そしてありがとう。これで私たちは永遠の伴侶よ。」
軽口のような言葉だったが、彼にとっては何よりも尊い響きだった。
だが、彼は忘れていたのかもしれない。
有名になればなるほど、妬みや敵意も増すということを。
ある日、教会の中で彼に不満を持つ者たちが、彼の二本の角を盗んだ。
そして、魔族は教皇にふさわしくないと噂を流した。
しかしパリオンは、教皇としての役目に忠実であり、信者たちはその噂を一笑に付した。
彼自身も特に気に留めていなかった。
教皇という地位は、あくまで精霊との約束を果たす手段だった。
休みの日には精霊と過ごす、ささやかな時間を楽しんでいた。
そして、あの日が訪れた。
その日は、ひときわ激しい雨が降っていた。
あの大きな木の下、パリオンを引きずり下ろそうとする者たちが、彼の角を使って最愛の精霊を脅していた。
常に気を配っていた。
自分以外には決して姿を現さないよう、精霊とも約束していた。
だが、彼の角には彼と同じ気配が宿っていた。
それゆえ精霊は、それを彼だと錯覚し、姿を現してしまったのだろう。
「そもそも、魔族が教皇だなんて……笑止千万だ。」
パリオンには、もはや彼らの声は聞こえていなかった。
見えているのは、不吉な気を放つ書と、その影響で苦しむ精霊の姿だけ。
「彼女を……解放してくれ……」
「ハハハ……その姿、実に無様だな、教皇殿。」
「頼む……何でもする……」
教皇の地位など不要だった。
彼女のためなら、何もかも差し出すつもりだった。
「この本はね、“封印の禁書”といって、あらゆる存在を魔力で封じることができるんだ。ちょうどいい魔力の持ち主の角と、封じるに適した精霊がいる。さて、どうする?」
「好きにしろ……」
「なに情けないこと言ってるのよ、バカッ!」




