第92話
「そうなると思います。」
「……本当ですか。」
先生は笑顔を崩さずに、今までの話を締めくくった。
この国の宗教はどうかしている。
なぜ目玉を舐める必要があるのか。
女神を信じなければ異端者扱いなのか。
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。あくまで噂話ですから……」
「でも、さすがにそれは……」
「とにかく、そうならないためにはどうすればいいと思いますか?」
答えは決まっている。
「はい! 先生の指導をしっかり受けて、教会関係者と疑われずに話し合いを終えることです!」
「さすが理解が早いですね。では授業を始めましょうか。」
こうして私はパリオン先生の指導のもと、必死に学び始めた。
「この国の名前は?」
「はい、アポロニット国です! 多民族国家で、アポロニア女神を信仰する教会があり、大陸の東部に位置し、隣接する国は上から順にオルトバ、アラビン、メシカオンです!」
「国王の名前は?」
「はい! 現王はリチャード・アポロニットで、2人の王子と2人の王女がいます!」
「テーブルマナーで手の位置は?」
「はい! フォークは右手、ナイフは左手です!」
領主が直々に招いた先生だけあって、教えられる内容は頭にすっと入ってきた。
もちろん簡単ではなかった。
毎日ノートを取り、必死で暗記した。
自分の日常を守るために。
私はやるしかなかった。
先生は拍手しながら褒めてくれた。
「素晴らしいですね、ノベト様。本当に教えがいのある方です。」
「ありがとうございます!」
「これからは護身術も並行してやっていきましょう。」
それには多少自信がある。
「もちろん、ノベト様は冒険者なのである程度の実力はあると思いますが、それだけでは十分ではありません。貴族のような立場にある方は、どんな危険に遭遇するか分かりませんから、どんな状況にも対応できなければいけません。」
そう言いながら先生は素早く右手を私に向けて突き出した。
反射的に両手でその手を止めた。
彼の手には短剣が握られており、私の鼻先で止まっていた。
「先生……今、私死にかけました!」
「そうです。このような事態はいつでも起こりうるのです。対応できるようになりましょう。さあ、続けますよ。」
先生の短剣は休むことなく私に向かって飛んできた。
私は体を動かしてそれを回避した。
体を硬化させれば軽く受け止めることはできるが、それを見せれば怪しまれるかもしれない。
しかし、ホルダーの森で鍛えてきた私はこれくらいはどうにかできる。
「では、現在の教皇の名前は?」
「うっ……パリオト様です。」
「教会の役割は?」
「はい! 王国全土に教会を建て、貧しい人々を助け、癒し手たちが病人を治療し、女神の教えである平和と安息を広めています!」
短剣はどんどん速度を上げて私に向かってきた。
まるで数日空腹だった魔物が狩りをするように。
「では!」
そう叫ぶと先生は短剣を投げた。
私は体をひねって避け、それは後ろの木に深く突き刺さった。
「そんな女神の教えを否定する魔道至上教という存在にはどう対処するべきでしょう?」
「……排除すべきです。」
そうだ、消えるべき存在だ。
あのカルロスという男のしたことを思い出せば、女神の教え以前に根本的に狂っていたとしか思えない。
「見事です。」
先生は乱れた衣服を整えながら言った。
これだけ動いても息一つ乱さない。
本当に多才な先生だ。
こうして訓練は続いた。
「明日には教会関係者が来ますね。一ヶ月間、本当にお疲れさまでした。」
「先生のご指導のおかげで、自信がつきました! ありがとうございました!」
体感としては一ヶ月はあっという間だった。
全てを理解したわけではないが、自分がどれだけ未熟だったかを痛感するには十分だった。
そして運命の日。
領主の館の食堂で、教会関係者との晩餐が開かれることになった。
「確かに教育の効果が出ているな。」
「優秀な先生と領主様のおかげです。」
私の貴族式のお辞儀を見て、領主は満足げに微笑んだ。
「ところで、その頭の兜は外したらどうだ。」
「これをつけると落ち着くので、ご容赦ください。」
「ふむ……教会関係者が不審に思うかもしれんな。」
「その時は、少しだけ顔を見せることにします。」
館内の食堂は豪華だった。
上品な装飾があちこちに施され、複数の光る魔石が食堂を華やかに照らしていた。
「待て。」
「はい?」
「襟が曲がっているな。」
そう言って、領主は私の襟を整えてくれた。
「今日は大事な日だからな。気をつけなさい。」
「……ありがとうございます。」
こんな細かいところまで気を配ってくれるとは、さすがフェレオラ領主様だ。
食堂の一角では、ヘレンを含むメイドたちが何かをひそひそ話していたが、気にしないことにした。
「お客様が到着されました。」
男性使用人が教会関係者の到着を告げた。
「中へお通しなさい。」
使用人は一礼し、すぐに食堂を出ていった。
「さあ、席につこうか。」
「少しお待ちください。」
領主は立ち止まり、私の方を見た。
「お客様が来たら、皆が席につくのが常識です。」
「……正解だ。」




