第88話
「ねぇ、ノベト。」
「ん?」
夜空には砂糖をまぶしたような星々が輝き、白く丸い月が浮かんでいた。
精霊樹の真下で、私はベトの姿になっていて、魔力を使い果たして小さくなったオデルリアがその上に横たわっていた。
「私は長い間生きてきたけど、ノベトみたいに叱ってくれる存在はいなかったの。だから、好き勝手してもいいと思ってたの。」
「長い間って、どのくらい?」
「500年以降は数えたことがないわ。」
「そうか。」
それほどの時が経てば、誰でも純粋な感情しか残らなくなるだろう。
同じ寿命を持つ対等な存在がいなければ、残るのは孤独だけだ。
「だからノベトに救われたとき、本当に嬉しかったの。誰にも渡したくなくて、不安で仕方なかったの…」
その結果、暴走してエルフの村を壊したのか。
「でも、エルフを殺したのはやりすぎじゃないか?」
「ん?殺してないわよ?」
「えっ?」
「怒って村を壊しただけで、エルフを傷つけたりはしてないわ。」
私の勘違いだったのか。
村が壊れて、犠牲者が出たと思い込んで激怒していたが、冷静になれば混乱してもおかしくなかった。
誰も死ななかったのは幸いだった。
これからはもっと状況を把握しよう。
「ごめんな、オデルリア。」
「何が?」
「いや、なんでもない。それにしても、寝心地はどう?」
「うん、ふかふかで気持ちいい。」
オデルリアがにこっと笑った。
こうして見ると、無邪気な子供のようだ。
「…ノベト、今度行ったらまたいつ来てくれるの?」
私は答えられなかった。
エルフの村も好きだが、私はまだ世界をもっと知りたい。
それに、私の家はフェレオラにあるから、往復は簡単ではない。
「うーん…できるだけ来るようにはするよ。」
「そう言って、またこうなったじゃない。」
胸がチクリと痛む。
良心が痛んだ。
オデルリアは仰向けになりながら、ひとつの提案をした。
「じゃあ、私がノベトのいる場所に行くのはどう?」
「え?」
――翌朝。
「エルフの皆さん、この度は本当にごめんなさい!」
相変わらず子供の姿のままのオデルリアが、エルフの村の皆の前で頭を下げて謝罪した。
「いえ、精霊様。我々の至らなさで、精霊様の気分を害してしまい申し訳ありません。このたびはお許しいただき、本当にありがとうございます。」
村長もまた、頭を下げた。
「それでは皆さん、フェレオラ村への引っ越し準備をしてくださいね。」
エルフたちの頭の上に疑問符が浮かんだような空気が流れた。
「え、精霊様?それは一体…」
村長はかなり動揺している。
ここまで動揺した姿は初めて見た。
「この村は300年以上続いてきた由緒ある場所です。それをいきなり…」
「私はノベトと一緒にいたいの。」
「それだけの理由で…?」
「うん、それだけ。」
「説明が足りないぞ、オデルリア。」
「じゃあ代わりに説明して。」
私は咳払いして場を落ち着かせた後、話を続けた。
「皆さんは、精霊樹の恩恵によって暮らしていますよね?」
「そうだな。果物や野菜も精霊様の恵みのおかげだし…」
「その精霊樹は、フェレオラ村に移動することになりました。」
私は手に持った種を見せた。
「これは元の精霊樹の種です。」
「と、ということは…」
「はい。この種をフェレオラのホルダーの森に植える予定です。そうすれば精霊の恵みはホルダーの森に降り注ぐことになります。」
「そんな無慈悲な…」
「故郷を捨てろというのか!」
あちこちから私に向けた怒号が飛ぶ。
とはいえ、私はこの村を助けたはずだ。
「この提案をするのは、今回のような事態が二度と起こらないことを願ってのことです。」
エルフたちの声が少しずつ静かになっていった。
「もちろん、この村にこだわるのであれば、私は何も言いませんが…」
「ねぇ、ノベト。私を置いていく気なの?」
オデルリアが私にしがみついて甘えてくる。
これは演技だ。アクティングだ。
「私は賛成です。」
「エルゼリア…」
村長は手を挙げたエルゼリアを見つめながら言った。
「以前、精霊樹が汚染されたときも、私たちはノベトに救われました。そして今回もノベトの助けを受けました。たとえ私たちが彼を非難していたとしても…」
エルゼリアは深呼吸して、続けた。
「彼は私たちを助けてくれました。もしフェレオラ近くへ移住すれば、より豊かな暮らしができると思います。」
「私も賛成だ。」
この声はベルゲだった。
彼は汗だくで息を切らしていた。
エルゼリアのメモを見て、すぐに駆けつけたのだろう。
「俺たちの中には冒険者として村に貢献している者もいるし、村とギルドが近ければ、ノベトが犠牲になることも減るだろう。」
「賛成だ。」
「私も。」
次々と手を挙げるエルフたち。
スレイン、ユルローン、メンディン、ラルフェイル、モレス、スピロ、ホレイル、パンテイル、セトレル。
私と旅を共にした仲間たちだ。
「…わかった。」
長く考えたのち、沈黙していた村長が静かに口を開いた。
「我々エルフの村は、ホルダーの森へ移住することとしよう。」
「ご英断に感謝いたします、村長。」
こうして、エルフたちはホルダーの森への移住を決めた。
「ということで、お願いしてもよろしいでしょうか、領主様?」
「…あまりに突然すぎないか。しかもこうして直接執務室に来るとは。」
エルフたちとの話を終えた私は、ホルダーの森の精霊樹を使って転移し、そのままフェレオラ領主の元へ駆けつけた。
「エルフたちのホルダーの森への移住を許可していただけませんか。あそこは領主様の領地ですので、彼らは領主様の民となります。」
「そこなのだな。」
「はい。」
「エルフは誇り高い種族だと聞くが…私の言うことを素直に聞くかどうか心配だな。」
「確かにそうですが、彼らと約束しました。そして、冒険者として活動するエルフもおり、役に立つと思います。」
「それでも、少し考える時間を…」
私はひざまずいて頭を下げた。
「領主様、お時間がありません。彼らは領主様を信じて、今まさにここへ向かっているのです!」
私がひざまずくのを見て驚いたのか、領主は私を立たせようとした。
「立て、ノベト。」
「今ご決断いただけないのなら、私は立ちません。」
「立てと言っている!」
「まだ立てません!」
「命令だぞ!」
「それでも…」
「立て!立てと言っている!」
「領主様…」
「くっ…君は本当にしぶといな!」
「領主様、お茶をお持ちしました…」
互いに夢中になっていたせいで、フェレオラ屋敷のメイドが執務室にお茶を持って入ってきたことに気づかなかった。
だが、メイドは私たちを見て表情を凍らせていた。
なぜだろう。
だがその表情がすぐに頬を赤らめ、とろけるような顔に変わったのは気のせいかもしれない。
メイドは無言で来客用のテーブルにティーポットとカップを二つ置き、深々と頭を下げて去っていった。
「…どうぞ、お二人で素敵な時間を。」
そう言い残して。
そして、ものすごい沈黙が流れた。
「…ノベト。」
「…はい。」
「エルフたちのホルダーの森移住の件、何とかしてみよう。」
「はい。」
「その代わり…あの子、ヘレンが何か誤解しているようだから、必ず説明して私に報告するように。」
「…詳しくは分かりませんが、必ずそうさせていただきます。」
「絶対にそうしろよ!」
「はいっ!」




