第86話
ビエラは言い捨てるように去っていった。
エルゼリアは考えていた。
どうしてノベトが人族の姿になれたのか?
この間に何があったのか?
本人に聞くしかない。
今はそれしか方法がなかった。
ベルゲに手紙を残し、エルゼリアはビエラの新しい店へと向かった。
店の名前は――
「ノベト商会…」
どういうつもりでビエラは店名をこうしたのか。
戸を開けると――
「中には…何もないわね。」
店としては異様な光景だった。
販売用の品は何一つない。
だが、家具や装飾が豪華で、内装に手が込められていることは明らかだった。
エルゼリアはため息をついて、カウンターの椅子に腰を下ろした。
考えれば考えるほど混乱した。
だから、今はただ一つだけを信じることにした。
きっと彼は来る。
そして、扉が静かに開いた。
顔を隠す鎧姿に、質素な服装の男が入ってきた。
不安げな様子で、彼は口を開いた。
「…元気だった?」
ノベトだった。
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「つまり、俺に会えず怒ってるオデルリアをなだめてこいってことか?」
「そう、それだけ。」
エルゼリアと一緒にホルダーの森を走る俺。
オデルリア、いくらなんでもマジでやり過ぎだ。
俺なんかのために村滅ぼす勢いかよ。
「こっち。」
エルゼリアが一本の木を指差す。
どこか見覚えのある、妙に成長した小さな木。
「精霊樹…か?」
「早く、この木に触って!」
言われるがままに木に手を当てた瞬間、強い光に包まれた。
そして光が消えた時、目の前に広がっていたのは――
破壊されたエルフの村だった。
建物は新たに生えた木々に覆われ、かつての村の面影はなかった。
「これ…一体…?」
「私も聞きたい…」
と、地面に倒れた村長が呻く。
「村長!」
駆け寄るエルゼリア。
「…彼がノベトか…?」
「はい!一体、何が…」
「長老の一人が…“ノベトを売った”と精霊様に言ったのだ…」
「まさか…」
「お前たちが去った後も、意見は割れていた。“事実を言って許しを乞う”か、“信じて待つ”か…だが一人の愚か者が先に伝えてしまった…そして精霊様は激怒し…村に…」
まさか本気で怒りをぶつけるとは。
でも、こんなのは違う。
俺ひとりのせいでこんな目に遭うなんておかしい。
「村長、怪我人はどこに?」
「皆、家の中に閉じ込められて…把握しきれぬ…私は何とか抜け出したが…」
俺は最大出力で空間支配を展開し、村全域に癒しの魔法「万物修復」を放った。
破壊された家々は元通りに。
傷ついたエルフたちは癒やされた。
「エルゼリア、村長。他の皆の無事を確認してくれ。」
あまりの光景に、二人は呆然としていた。
「ノベト、これって…」
「説明は後。俺はオデルリアに会いに行く。」
俺は精霊樹の元へと駆け出した。
最初は、ただ静かに生きたいと思っていた。
でも違った。
俺は孤独にはなりたくなかった。
誰かと繋がったなら、その相手のために動いてしまう。
それが俺の本質だ。
今なら分かる。
覚悟はできた。
「おや、ノベト?」
「久しぶりだね、オデルリア。」
精霊樹の前に立つその少女のような存在。
「会いたかったのに、あんなこと言われたら…ちょっと怒るじゃない?」
「ごめん。でも、村を壊すのはやりすぎだろ。」
「私に従う種族なの。あの程度当然じゃない?」
「それ、お前基準だろ。俺の基準では違う。」
「……ノベト、やっぱり会えてうれしい。」
細めた目でオデルリアが言う。
俺は次元収納から鎧一式を取り出して装着した。
「成長したわね、ノベト。」
「俺は、もうエルフたちをいじめてほしくない。」
オデルリアは頬を膨らませた。
「でも、帰ってこなかったし、ノベトを売ったって聞いたし、怒るでしょ?」
「そこまで俺のこと想ってくれて嬉しいよ。だから――」
俺は胸に手を当てて言った。
「その怒り、全部俺にぶつけろ。」
オデルリアはその言葉に大笑いした。
彼女の笑い声が響くたびに、森の風がうねりを上げていく。
次の戦いの幕が、静かに上がった。




