第84話
そしてオデルリアはエルゼリアに種を一つ渡した。
「これは…?」
「精霊樹の種だよ。村の近くの森に植えなさい。ある程度育ったら、それを使ってここまで転移できるようになるから。」
「つまり…」
「ノベトを見つけたらすぐ連れて来なさい。わかった?」
エルゼリアは顔を上げ、オデルリアを見た。
オデルリアは微笑んでいた。
だが、その目は笑っていなかった。
「ノベトが私にとってどんな存在か、あなたたちも知ってるでしょう?」
村の全員が知っていた。
精霊樹の汚染を解決した英雄。
オデルリアを救った恩人。
そしてオデルリアが大切にしている存在。
「だから、ノベトが今も元気か心配なの。安心させてほしいの。」
「…仰せのままに。」
「じゃあ、頼んだよ。なるべく急いでね。」
そう言い残してオデルリアは村から姿を消した。
精霊樹の元に戻ったのだ。
その後、村長の家では夜遅くまで会議が続いた。
村長のオレイン、ベルゲ、エルゼリア、そして長老たちが集まり、今後の対応を話し合った。
「…ベルゲ、いったい何をやらかしたのかね。」
オレインはため息をつき、額を押さえた。
ベルゲは村長に今までの経緯を正直に話した。
フェレオラへ向かう途中で山賊を退治したこと。
その報酬で酒場で盛大に飲んだこと。
酔って問題を起こした不良を懲らしめ、店を壊したこと。
そのせいで牢に入れられ、保釈金を払えずにノベトを魔道具商人に売ったことまで。
「…軽率だったと思います。」
ベルゲは小さな声で吐き出すように言った。
「エルゼリア、お前が勝手に人間の村へ行ったことはもう咎めない。結果的に大事にはならなかったからな。」
「はい、村長。」
「だがな!」
オレインはエルフ特有の円形の木のテーブルを思い切り叩いた。
家の中に大きな音が響いた。
「問題は、ノベトをどうやって取り戻すかだ。我々には人間の金なんてない。」
「そうですね…今ある果物を売っても足りるかどうか…」
長老の一人が呟いた。
「このままじゃ…この村は終わりだぞ…」
「南の国に族を売ってでも…」
その言葉にオレインは激昂した。
「そんなこと、一度だって考えたことはない!同族を売るだと?正気か!」
「しかし考えてください!もし精霊様が怒り、村を滅ぼされたらどうするんですか。それでいいとお考えですか?」
「村を守るためなら、非情でも決断を…!」
長老たちの声にオレインは言葉を失った。
オレインは村を代表する者だ。
時には優しい長老であり、時には汚染された精霊樹の下で亡骸を弔った者でもある。
代表者として、綺麗事だけでは済まない。
だが、同族を売ってまで精霊に仕えるのが正しいのか。
それがエルフの誇りなのか、村の存続なのか。
「精霊様にこれが知られるのは時間の問題です。」
「時間がありません!」
「村長、決断を!」
長老たちの迫る声。
オレインの頭は混乱した。
ベルゲとエルゼリアを見つめる。
この子たちはどう考えているのか。
「私は…」
「それなら、こうしましょう!」
エルゼリアが会話に割り込んだ。
「私とベルゲがギルドで冒険者になって、ノベトを買い戻して連れてきます。」
「エルゼリア…」
長老たちは騒然とした。
「何を言っているんだ、エルゼリア!」
「お前たちがやったことの尻拭いを、そんな形で済ませる気か!」
「子供が口を挟むな!」
エルゼリアは強い声で言い返した。
「同族を売って生き延びるなんて、本当に誇れることですか?」
「だが方法が…」
「また同じことが起きたら、次も同族を売るんですか?」
エルゼリアの言葉に、場は静まり返った。
彼女は周囲を見回し、続けた。
「確かに私もベルゲも間違いを犯しました。その責任は私たちが取ります。」
「…そうか。私もエルゼリアの意見に賛成だ。」
「ベルゲ…」
「村長、長老の皆さん。この件は私たちに任せてください。」
「失敗したらどうするつもりだ。」
エルゼリアは胸に手を当て、真剣に答えた。
「そのときは、私を売ってでもノベトを取り戻します。」
「エルゼリア!」
オレインが叫んだ。
「おばあ様…私はずっと自分で何もできなくて後悔してきました。もう後悔したくないんです。」
オレインは見た。
エルゼリアの揺るがない瞳を。
そして理解した。
もうこの子は、ただ守るだけの子供ではないと。
「…エルゼリア、ベルゲ。」
「はい。」
「お前たちの過ちは、お前たちで償え。」
「はい。」
「時間がない、すぐに行け。」
その言葉を最後に、ベルゲとエルゼリアは休む間もなくフェレオラ村へ向かった。
スレインや他のエルフたちは万一に備えて村に残った。
フェレオラへの道中、出会う魔物は全て討伐し、魔石を集めながら進んだ。
エルゼリアの弓術は遠くの鳥も射抜くほどになり、ベルゲの剣は岩を断つほどになった。
強い決意を持つ二人には、一切の迷いがなかった。
そしてフェレオラに着く頃には、二人はもう立派な中堅冒険者の腕前になっていた。




