第76話
まずはただの客として振る舞おう。
「俺はただマジックバッグを買いに来ただけだ。」
「…ああ、そうか。あっちにある。」
そう言ってビエラは壁の一角を指さした。
陳列棚にはいろいろな魔道具が並んでいる。
その中にマジックバッグが集められた場所も見えた。
しかしどう見てもどれが良いのか分からない。
「魔道具屋に来るのは初めてなんだ、少し手伝ってくれないか?」
この姿で来るのは初めてだ。
「お前、冒険者か?ランクは?」
「Fランクだが。」
ビエラは溜め息をつきながら言った。
「はあ…お前、初心者か。」
「その通りだ。」
「何を入れるかによるけど、どのくらいの大きさが欲しいんだ?」
「この鎧が入るくらいの大きさが欲しい。」
「ハ、ハハハハハ…」
突然ビエラが大笑いした。
「何がおかしい?」
「いや、久々に大笑いさせてもらったよ、ありがとう。」
ビエラは涙を拭いながら言った。
「それくらいの魔道具なら王都に行かないと手に入らないな。安くても金貨100枚はするぞ?」
そんなに高かったのか。やはりマジックバッグ、便利な分だけ値も張る。
「ここで一番容量が大きいのはこれだ。」
ビエラは椅子から立ち上がり、ゆっくり俺に近づいた。
そして俺の横をすり抜けて、ギルドで見たのと似たデザインのマジックバッグを手に取った。
彼女の肌はきれいだった。
以前俺が治癒してやったからだ。
ただ、目が赤く充血していて最近無理をしているようだ。
「これならお前が持ってる袋二つ分くらいは入る。」
鎧を入れられないのは残念だが、これで妥協するしかない。
「それにする。値段は?」
「金貨40枚だ。」
以前俺を買ったときの2倍だ。
まあ、今は余裕があるし素直に払うか。
俺はずっと右手に持っていた袋から金貨20枚を取り出し、ビエラに手渡した。
「使い方は分かるか?」
「ギルドの受付嬢に聞いた。今試してもいいか?」
「もちろん。」
俺はビエラから受け取ったマジックバッグに金貨の袋を詰めた。
小さい鞄に倍の大きさの袋が入る様子は面白かった。
今後は細かいものはこれに入れるとしよう。
「これはいいものだな。」
「だろ?値段に見合う価値はある。それにお前も…」
「ん?」
顔を上げた瞬間、目の前に刃先があった。
考える間もなく俺は両手を箱を打つようにして刀身を掴んだ。
刃の向こうにはビエラが逆手に持った短剣を全力で俺に押し当てていた。
「何をする気だ!」
「お前…ノベトとどういう関係だ?」
「関係って…」
「お前、Fランク冒険者、ノベトって言うんだろ?」
ビエラは短剣を引き、身を引いて戦闘態勢を取った。
「私の知る限り、そんな変な名前は世界に一つしかない!」
なんだよ、そんなに変な名前か。
ビエラは激しく俺に斬りかかってきた。
「それと俺を攻撃するのが何の関係がある!」
連続の突き6回を回避した。
「あるさ!ノベトって名乗るなら、ベト型魔道具を知ってるってことだろ!」
「知ってたらどうするんだ?」
「当然、どこにあるか聞くさ!」
「だったら最初から聞けよ!」
「金はもらわないとだろ!」
「商人根性は立派だな!」
上下の斬撃4回を必死に避けた。
「動くな!」
「動かなきゃ斬るだろ!」
「殺しはしないさ!回復薬もあるしな!」
「ふざけるな!」
俺はビエラの両手首を掴んで、これ以上攻撃できないようにした。
「なあ、ビエラ…落ち着け。」
「離せ。」
「こんなふうに刃を突きつけられたら怖くて話もできないだろ。手を離すから話をしよう、いいな?」
「…わかった。」
俺が手を離してビエラの両手を自由にした途端、また突きを繰り出してきた。
「話をしようって言っただろ!」
「これも話だ!肉体言語だ!」
「そんな無茶な理屈が…」
ビエラはどこか切羽詰まっていた。
精神的に追い詰められて限界が近いようだった。
「お前に何が分かる!私はただギルドカードを更新しに行っただけなのに!いきなりいなくなって!」
今度は短剣を両手に持って本気で斬りかかってきた。
もう避けるのは無理だ。
俺は硬化を使って全身を硬くした。
そしてビエラの攻撃をすべて受け止めた。
「領主やリアネットには“必ず見つけて連れ戻せ”って毎日せがまれるし!」
身を沈めてバネのように跳ね上がり右の斬り上げ。これが当たってたら片腕が飛んだだろう。
「エルフたちは急に来て金払うから返せって毎日脅してくるし!」
左の水平斬り。普通ならここで戦意は折れるはずだ。
「それに噂が広がって毎日“ベト型魔道具があるか”って聞かれて、追い出すのにもう限界だったんだよ!」
渾身の連続突きが俺の胴を狙ってきた。
俺は黙って受け止めた。
ビエラの中に溜まっていた全ての鬱憤を。
彼女が疲れるまで。
そして力尽きた彼女に万能回復を使った。
これで身体も心も少しは楽になっただろう。
「もういいだろ、ビエラ。」
ビエラは手から短剣を落とした。
金属音を立てて床を転がった。
「お前…ノベトなのか?」
「そうだ。」
「なんでそんな風になったんだよ。」
「…言いたいことは山ほどあるが、まずはギルドに戻ろう。」
突然ビエラが俺に抱きついてきた。
そして決壊したように泣き出した。
赤ん坊のように泣きじゃくりながら。
「うわああん…どこ行ってたんだよ…本当に大変だったんだから…」
俺は黙って彼女の背中を優しく叩いた。
ビエラも相当大変だったんだろう。
彼女からしたら理不尽極まりない話だ。
本来ならフェレオラの屋敷で用を済ませて俺を連れ帰り、エルゼリアに引き渡して終わりのはずだった。
それが俺が突然いなくなったせいで計画が全部狂った。
予想外に色んな苦労をさせてしまったんだろう。
「勝手にいなくなるなよ…死んだかと思ったじゃないか…」
「それなりに事情があったんだ。」
彼女が泣き止んだ頃、俺はそっと手を離した。




