第59話
俺は息を吸い込んだ。
すでに体力は底をつき、
メンタルはさっきのテーブルみたいにバラバラ。
だから、
残されたのは勇気だけだった。
よし、やってやろう。
俺は顔を上げた。
テンがすばやくビート解析ウィンドウを表示する。
「リズム:ドン! ドン! タン!
BPM:84
感情トリガー:生きている証
現在のシンガロング率:7%(観客なし)」
「……観客いないのにシンガロングどうしろと……」
「歌唱力が感動を呼べば、観客は自動生成されます」
「このシステム設計したやつ誰だ……本当に……」
せめて知っている曲で良かった。
俺は足を踏み鳴らした。
ドン!
もう一度。
ドン!
そして、手を叩く。
タン!
「…Buddy you're a boy make a big noise
Playin’ in the street gonna be a big man some day!!」
声は震えていた。
“You got mud on your face.”
感情は渦巻いていた。
"You big disgrace.”
でも、
この瞬間だけは、
"Kicking your can All over the place, Singing!”
俺だけのリズムが
精神世界に響き渡った。
"WE WILL
WE WILL
ROCK YOU!!"
「感情共鳴度上昇:61%
リズム精度:92%
シンガロング誘導率:上昇中」
その瞬間。
空間が裂けた。
「観客10人生成完了」
「観客1,000人生成完了」
「応援熱量上昇中!」
"WE WILL
WE WILL
ROCK YOU!!"
"WE WILL
WE WILL
ROCK YOU!!"
"ROCK YOU!!!"
ドン! ドン! タン!
ドン! ドン! タン!
テンが静かに告げる。
「感情共鳴値に到達。ポータル反応開始」
俺は叫んだ。
「もう少し!もっと大きく!」
審判もどこかノリノリな声で叫んだ。
「ピンフォール無効!
感情勝負へ移行!
感動3カウント突入!」
「お前壊れてたんじゃなかったのか!!!」
「ノベト様、続けてください」
「WE WILL
WE WILL
ROCK YOU!!」
その瞬間、ポータルが目の前に開いた。
白くまばゆい光が
精神世界の中央に湧き上がる。
アウロラがゆっくりと目を開けた。
「……かっこよかった。自分の声で、道を切り開いたのね」
俺は息を切らしながら彼女を見つめた。
彼女は最後に小さくつぶやいた。
「……これだけは言わせて……二度とやりたくない……!!」
「記録完了。『WE WILL ROCK YOU』全曲完唱」
俺は最後の力を振り絞ってポータルへと飛び込んだ。
その瞬間、視界が白く塗りつぶされていった。
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精神世界は
光とともに崩壊していく。
リングも、マットも、
審判の“FOUR!!”も、
すべてが消えていった。
青い光のポータルが俺を包み、
一瞬、全身が真空に吸い込まれるような感覚。
俺は叫んだ。
「行くぞぉぉぉぉぉ!!! 今度こそマジで帰ってやるぅぅぅ!!!」
テンは冷静だった。
「ポータル侵入完了。
脱出速度安定中。
心拍数:非常に高め。
落ち着いてください」
「落ち着けるわけないだろ!!! ていうか俺に心臓なんて……」
そして、
目を開けた。
木の床。
柔らかい空気。
ずっと待ち望んでいたフェレオラ邸の、自分の部屋だった。
「……戻ってきた」
俺はついに、
魔道書の精神世界から、
完全に帰還したのだった。




