第58話
「……これはどういうバグなんだ!?」
審判は返事をしなかった。
「……TWO!」「……TWO!」「……TWO!」
「カウントエラー発生。
審判システム、ループ状態に突入」
「エラーコード:FOUR-FIXED-STACK-LOCK」
「……どんなエラーだよそれ!?」
テンが状況を整理する。
「精神界構造が感情共鳴により過剰拡張。
審判は固定判断値に拘束されました。
判定不能。試合無効の危機です」
「なんで今それを言う!?」
「……TWO!」
審判はなおも同じカウントを繰り返していた。
世界が、止まった。
そのとき、足元で「ドン」と何かが弾ける感触が伝わった。
マットに亀裂が入り、リングが、梯子が──
すべてが崩れ始めた。
「精神界崩壊進行:87%。
即時帰還を推奨」
「……いまピンフォールを決められなかったら、
この戦いは何だったんだよ。
この覚悟はどこに行くんだよ……」
俺は叫んだ。
「やめろってば!!! カウントしなくていいってば!!!」
「……TWO」「……FOUR!」「……TWO」
アウロラがマットに倒れたまま、つぶやいた。
「……普通はTHREEじゃないの……?」
「俺に聞くな!!! お前が原因だろうが!?」
「システム再解析失敗。
試合システム構造が不安定。
精神ステージと競合中」
「ステージ競合……? これ、単なるリングじゃなかったのか?」
「警告:現在の精神界構造に亀裂発生。
ステージ維持不可能。
基盤構造、92秒以内に崩壊予測」
「待て、崩壊ってことは……試合の勝敗は!? 俺の勝利宣言は!? 感動のラストは!?」
「すべて無効化の可能性あり。
精神界の知覚構造が優先されます」
「テン!! 俺、どれだけ苦労して押さえ込んだと思ってんだ!!!」
「記録済みです。
ノベト様がマットに相手を寝かせた瞬間、フレーム単位で保存しています」
「それを誰が見るってんだよ!!」
アウロラがゆっくりと身を起こす。
マットは微かに揺れていた。
「……これはおかしい。
精神界の反応が……早すぎる」
「それって、結局俺たちが悪いってこと?」
「正解率87.3%。
同時接続者の感情同期がステージを圧倒。
結果、崩壊」
「で、これからどうすんの!?」
「以後、魔法、ルール、ピンフォール、すべて無効。
必要なのは……脱出のみです」
「FOUR!!」「FOUR!!」「FOUR!!」
審判はなおも叫び続ける。
壊れたステージを象徴するように。
「……で、どうやって出るんだ?」
俺が尋ねると、テンはシンプルに答えた。
「パフォーマンスです」
「……は?」
「パフォーマンスを成功させれば、
脱出用ポータルが開かれます。
非常に、感情的に、情熱的に」
アウロラが首をかしげた。
「パフォーマンス……?」
テンがウィンドウを展開した。
「パフォーマンス条件:
『WE WILL ROCK YOU』
全歌詞暗唱+リズム通し+観客の合唱誘導。
条件を満たすことでポータル開放」
俺は沈黙した。
すべての情報がフリーズしたような一瞬の沈黙。
そのあと、叫んだ。
「これがパフォーマンスかよ!!!」
マジでこれが脱出条件なのか!?
俺は呆然とテンのウィンドウを見つめた。
「……ほんとに、これやんなきゃダメなのか……?」
「はい。他の方法はありません。
精神界ポータルは芸術感応ベースです。
現在の状況に最も適した行動は“歌”です」
「……精神界じゃなくて精神病院だろこれは……」
テンが俺の前世の音楽を知っている理由は後で問うことにしよう。
アウロラはリングの端で首をかしげていた。
「歌……? こんな場所で……通じるの?」
「通じます。意外と、よく通じます」
「あなた……テンの声が聞こえてるの?」
「さっきから君と喋ってる相手のことね? うん」
頭が痛い。問い詰めたいことは山ほどある。
だがポータルは開かず、
審判は相変わらず──
「FOUR!!」
……だけを叫んでいた。




