第48話
ビエラは笑いながら、私のペンダントをそっと揺らした。
そのときだった──
控えめな足音。
私はわずかに首を傾けた。
白い髪、細い身体。
おそるおそる近づいてくる少女──リアネットだった。
領主の娘。
この小さな少女は、
長き病に苦しみ、ようやく戻ってきた命の持ち主だった。
完全には回復していなかったが、
リアネットは細い指でスカートの裾を握りしめ、
震える声で口を開いた。
「ノベト……様」
──あ、今、“様”がついた。
体調はどう?
「はい……」
もう、黙っている“ベッド”ではない。
人型でレスリングした後で、もう普通には戻れない。
リアネットは一度ぎゅっと目を閉じ、
そのまま跪くように深く頭を下げた。
「本当に……本当にありがとうございました。私を、この屋敷を、みんなを守ってくださって……」
ビエラが小声で囁いた。
「人気者の気分はどう?」
「重たいだけだよ。ベッドは静かな隅にあるのが一番落ち着くんだから」
リアネットは顔を上げ、まっすぐ私を見た。
透き通った、そしてどこか強さのある青い瞳。
「いつか、私も……ノベト様にいただいたご恩を必ず返します」
──肩もない身体で、ふにゃっと力が抜けるような気分になった。
「いらないよ。食べることも飲むこともできないし。君が元気でいてくれるだけで十分だよ」
リアネットはきょとんとしたが、すぐに優しく微笑んだ。
「はい。約束します」
その笑顔には、不思議と人を安心させる力があった。
私は観念して、つぶやいた。
「……じゃあ、元気でな」
そのとき、フェレオラが兵士たちを指示しながら近づいてきた。
「負傷者の治療を始めろ。明日からは屋敷の修繕に取りかかる」
「はっ!」
兵士たちの声が響く中、
フェレオラは軍服を整えながら私の前に立った。
そして長く黙った後──ゆっくりと頭を下げた。
「ノベト。本当にありがとう」
低く強いその声に、まっすぐな誠意が込められていた。
「もう十分だよ、恥ずかしいし」
「この事件は、君の助けなしでは成し得なかった」
「この屋敷を、私の娘を、この町を守ってくれた君に、私は命よりも重い恩義を感じている」
「じゃあビエラに治療費として金貨100枚渡して。うち、ベッドって結構原価かかるんだよ」
フェレオラは目を細め、
やがて小さく笑った。
「了解した」
彼は仕事の続きを指示するため、その場を離れた。
するとビエラがそっと言った。
「分かってると思うけど、魔道至上教は終わってない」
私はうなずいた。
「そうだね。あんなのがトップだとは思えないし」
ビエラは複雑な顔でつぶやいた。
「カルロスみたいな奴が一人だけなわけない。きっとどこかで、他の使徒が動き出してる」
私はため息をついた。
「まあ、そのとき考えよう。今は、静かに眠りたいんだ」
そして、魔導核。
私の中に宿る不完全な力。
私は静かにそれを感じた。
これが、私を少しずつ変えているのかもしれない。
けれど、この力があったからこそ、守れた。
この力を正しく制御する知識が必要だ。
ビエラは静かに私のペンダントを握りしめた。
「君が、君のままでいてくれてありがとう」
私は静かに笑った。
「大丈夫。僕はまだノベトだよ。特別で、ちょっと頑固なノベト」
壊れた屋敷の中に、穏やかな平和が広がっていた。
日差しは柔らかく降り注ぎ、
風は温かく、
すべてが穏やかに、今を喜んでいた。




