第45話
フェレオラが剣を握りしめて叫んだ。
「貴様は……人の命を何だと思っている!」
ビエラも短剣を掲げて怒鳴った。
「狂ってる……!」
カルロスは二人の怒りを鼻で笑いながら見返した。
「命なんて、進歩の燃料に過ぎませんよ」
そう言って、彼は配下の命を吸い取って作り出した
黒い魔力の渦を手のひらの上に浮かべた。
それは次第に肥大化し、
部屋ごと歪ませるほどの圧を放っていた。
「さて、終わりにしましょうか」
カルロスは不気味に笑い出す。
「ヒヒヒ……貴様らは、魔法の進歩の礎になるのだ」
フェレオラは肩で息をしながらビエラに言った。
「……あれを止める術はない。せめて、爆発する前に時間を稼ぐしか……」
「分かってる。でも……どうやって……」
『ノベト、どうすればいいの?』
「考え中だ」
絶対空間であれを防げば、
この部屋は耐えるかもしれない。
だが屋敷ごと吹き飛ぶ。
外の人間も巻き込まれる。
カルロスはそれを知っているからこそ、あんな顔で笑っている。
「理解できぬ者は、ただ消えるのみです」
部屋の気圧がさらに重くなる。
そのとき、
馴染み深い無機質な声が、内側から響いた。
──テンだった。
「警告:対象は高密度破壊魔力。
絶対空間での防御時、周辺構造物に深刻な損傷予想。
代替案:魔導核による直接吸収の試行が可能です」
魔導核で吸収……? そんなこと可能なのか?
テンは事務的に答えた。
「成功率不明。成功時、内部マナ適応性の向上を予測。
失敗時、存在構造の崩壊リスクあり」
……つまり、命を懸けろってことか。
テンの声は冷たいままだった。
「選択は自由です」
自由……という名の、逃げ道なしの選択肢。
私は決めた。
ビエラに念話で囁いた。
「ビエラ。お願いがある」
『……何?』
「俺を投げてくれ。あの魔力の塊へ向かって」
ビエラは驚きに目を見開いた。
『投げたら……どうなるの?』
「分からない。でも、やらなきゃ全て終わる」
彼女は震える手で首の紐を解き、
私をしっかりと握りしめた。
『……ノベト、お願い。戻ってきて』
「約束はできない。でも、やってみるよ」
ビエラは力いっぱい、私を魔力の塊へと投げた。
────
──초심층잠입。
それに触れた瞬間、
私は闇の深淵に落ちた。
際限のない暗黒。
重く、粘り、歪んだ感情の坩堝。
怒り。欲望。妬み。
全てが私を押し潰そうと迫る。
テンの声がまた響いた。
「警告:現在、マナ深層領域に接続中。ここは生存に適さない空間です」
知ってるよ。そんなの、最初から分かってた。
「提案:魔導核を用いてマナを吸収せよ。あるいは即座に離脱を──」
離脱しても……あれは止まらない。
「解決にはなりません」
だよね。
選択肢は、ひとつだけ。
私は脚も腕もないベッドだけど──
意志だけはある。
魔力が私を溶かそうとしてくる。
肉体などない私が、まるで骨ごと崩れていくような錯覚。
それでも、私は内なる“核”を起動した。
魔導核が、淡く震えながら、
私の内に暗黒を吸い込み始めた。
「吸収成功率:57%。変異リスク、小幅上昇」
黒の中の何かが、私の奥深くに入り込む。
私の核が、静かに、しかし確かに
それを“認識”した。
構造が変わっていく感触。
痛みではない。違和感。
だが私は、それを拒まなかった。
──これは、俺の意志で掴んだ力だ。
今、この瞬間。
ノベトという“存在”が、
また一段階、“変わった”。




