第43話
フェレオラは無言でカルロスを見つめていた。
その瞳にあるのは怒りではなく──軽蔑だった。
だが、カルロスはそれすら予想していたかのように肩をすくめて笑った。
「娘さん、まだ眠っておられるんですよね? リアネット嬢。
本当にお気の毒です。あんなに若くて美しいのに、あんな病に侵されて……見ているこちらが胸が痛みますよ」
──その瞬間、部屋の空気が凍った。
私はビエラの首にぶら下がったままだったが、彼女の指先の震えをはっきりと感じ取れた。
フェレオラの表情は崩れなかったが、眼差しの奥に燃え上がる炎のような感情が宿っていた。
「まあ、いいでしょう。ここで皆さんを始末してから、ゆっくり探しに行きますよ」
そう言って、舌打ちしながら首を振る。
「それにしても。あなた方、自尊心ばかり高くて、責任感のかけらもないですね。
あの子をああしたのは、最終的にはあなた方の選択では?」
──もし私に歯があったら、今ごろ奥歯を砕くほど噛み締めていただろう。
話せるなら叫んでいただろう。“黙れ”と。
代わりに、私は全身を震わせながら、内なる“魔導核”に怒りを送り込んでいた。
カルロスは、部屋全体を小馬鹿にするように首を傾げた。
「我々には“犠牲”が必要なんですよ。偉大な魔法の進化のためには──村一つ、娘一人、灰にできなくてどうします?」
──ビエラがそっと息を吸った。
その手にある短剣は、今にも飛び出しそうな緊張を孕んでいた。
「貴女の選択によって、この村も──そうなります」
カルロスはちらりと屋敷の外を見やった。
「今はただの田舎町ですが、地脈もいい、身体資質も申し分ない。
研究対象としては理想的です」
そして、ついに宣言した。
「この町は、私が“飲み込み”ます。……いや、すでに始まっているのです。
数名の住人はすでに我が教団の“資産”となりました。
フェレオラ、今すぐ降伏なされば、これ以上の犠牲は出さずに済みますよ」
「なにを……!」
フェレオラが驚愕と怒りで声を荒げた。
その時、ビエラが口を開いた。
「私にはビエリという妹がいた。あなたたちの“実験”で命を奪われた子です」
カルロスは気怠そうに彼女を見た。
「……覚えておられますか?」
「あなたは毎日食べたパンの数をすべて覚えていますか?」
──沈黙。
だがその沈黙は、鋭利な刃のようにカルロスの胸を刺し貫いた。
「貴女の妹さんも、我々の魔法発展に大いに貢献してくれたことでしょう。むしろ、喜ばしいことじゃありませんか?」
「戯言を!」
ビエラが怒りの声を上げる。
「そして──リアネット嬢もまた、魔法の未来に寄与するはずです」
その発言に、部屋中が凍りついた。
言葉を失うほどの恐怖と、怒りと、絶望が入り混じった沈黙。
カルロスは、そんな皆を見回しながら笑った。
「感謝しなさい。この素晴らしい瞬間に、あなた方は立ち会えているのですから!」
──そのとき、私は確信した。
こいつは“人の心”を抉り、砕くことで快楽を得る──真のサディストだ。
言葉を武器にして、心の芯から破壊する外道。
フェレオラがようやく口を開いた。
「お前の言う“魔法”とは、人を道具にするだけの力に過ぎん。
それが“世界のため”になると本気で思っているのか?」
カルロスは愉悦に満ちた笑みで答える。
「考えるまでもありません。“魔法こそが真理”です。
貴方のような凡俗には到底理解できぬでしょう」
そして、指を弾いた。
その合図で、背後の信者たちが武器を構え、一触即発の空気が走る。
──もう、我慢できなかった。
絶対空間。
私が信じる最強の防御。
魔導核が高鳴る。
私の中の全てが、この時のためにあると告げていた。
カルロスは足を止め、眉をひそめた。
「……何だ、この気配は」
──私は言葉を発しなかった。
だが確かに思った。
これは──この町を守る、私の闘いだ。




