第42話
数日後。
フェレオラの娘、リアネットは回復し、別室で安静にしていた。
私はいつも通り、ビエラの首にぶら下がっていた。
そして今、フェレオラ邸の作戦会議室は、いつにも増して静寂に包まれていた。
誰かが無言で重圧をかけているかのように、空気は重く、張り詰めていた。
フェレオラはゆっくりと部屋を歩きながら、鋭い視線を周囲に送っていた。
その表情は、いつになく硬かった。
「カルロスの部隊が接近中です! 森の東側に三十人以上、武装兵確認!」
斥候が扉を勢いよく開け、報告を叫ぶ。
だがフェレオラは動じず、すでに予期していたように静かに、しかし即座に指示を出した。
「全兵力は屋敷を守れ。1階の主出入口以外の廊下、階段、要所は封鎖せよ。
他の兵は各持ち場を死守し、私は中央で指揮を執る」
彼の声は冷静で、しかしそこに込められた緊張感は誰もが感じ取れるものだった。
「了解!」
兵たちは一糸乱れず即答した。
フェレオラはビエラの方へ視線を向ける。
「ビエラ」
「はい、領主様」
「君も兵たちとともにカルロスを迎え撃ってくれ。リアネットも、村人も、皆で守るのだ」
そのとき、私はビエラの肩に走る緊張の波を感じた。
彼女はただ命令を受けているわけではなかった。
今回は、“ともに戦う”という覚悟でその場に立っていたのだ。
「命、承ります」
ビエラは力強く短く答えた。
彼女の首にぶら下がっている私は、その震えさえもはっきりと感じ取れた。
***
廊下を進みながら、私はビエラを見つめた。
──出会った頃、彼女は金にしか興味がない、冷たい女に見えた。
私を見下ろしながら「高く売れるかな?」とでも言いたげな目。
“この女、金のためなら何でもやるタイプか”と、心の中で断定していた。
でも今は違う。
魔道至上教に妹を奪われ、復讐に生きながらも、今こうして他者のために命を懸けようとしている。
彼女の瞳には迷いがなかった。
「正直……金にならないと分かったら逃げると思ってた」
私がつぶやくと、ビエラが肩越しに振り向いた。
『……何か言った?』
「あ、いや、感動しただけ。ちょっと、うるっときた」
『嘘くさい』
「ベッドは嘘をつかない生き物です」
『あんた、もうベッドじゃないでしょ』
彼女は笑いながら短剣を握り直した。
『あとで全部聞き出してやる』
***
その時だった。
遠くから、そして──1階の扉から、「ドン」という鈍い音が響いた。
わざと1階の出入口だけを開けていた。カルロスがそこから入ってくるだろうと読んでいたのだ。
ビエラが念話で告げた。
『行くよ』
私たちが合流したとき、すでにフェレオラと兵士たちは正面玄関で緊張感に包まれていた。
沈黙の中、じわじわと張り詰める気配。
やがて、扉がゆっくりと開いた。
その奥から、一定のリズムで鳴り響く足音。
ゆっくりと、しかし迷いなく歩いてくる者──それが、カルロスだった。
「カルロス」
フェレオラが低く、しかしはっきりと声を発した。
──その名前だけで、胸が悪くなる男。
彼は静かに、だが不遜に屋敷の中へと足を踏み入れた。
その一歩ごとに、空気が張りつめていく。
彼の歩みは遅く、無駄に静かで、屋敷そのものを“自分のもの”とでも思っているかのようだった。
マナに狂った男──いや、それでは美化だ。
彼は、“信念”の名のもとに命を弄ぶ狂信者。
魔法のためなら命などどうでもいいという“教義”の体現者。
今日もその滑稽な正義感を掲げて、満面の笑みを浮かべていた。
「フェレオラ」
口調は丁寧でも、その響きには侮蔑が滲んでいた。
「……まだ、この場に立っていたとは。立派ですね」
「当然だ。ここは私の家だ」
「そう……家。執着の象徴ですね、領主殿」




