第37話
カルロスの声は低く、穏やかだった。
まるで、静かな水面に石を投げ込む“その前”の沈黙のように。
その下に何が潜んでいるのか、経験した者にしか分からない。
「お嬢さんは……まだ目覚めていないでしょう?」
フェレオラは答えなかった。
ビエラは立ち上がった。冷静に見えたが、私は知っている。彼女の指先は、ごく僅かに震えていた。
カルロスの視線が、居間の奥──私のある方へと向けられる。
目が合うことはなかった。彼は私が意志を持つ“ベッド”であることを知らない。
だが、視線が通り過ぎたその一瞬──私ははっきりと感じた。
──彼は、“何か”を確認しに来たのだ。
「その病は簡単なものではありません。
精霊魔力に感染させたのは、単なる呪いや魔法ではなく──『信仰』です」
その口調はあくまで平静だったが、私はその言葉の奥に“深淵”を見た。
この男、いや、この“使徒”は、自らの正しさを信じて疑っていない。
しかもその信念には狂気がなかった。だからこそ、余計に危険だった。
彼は窓辺に歩み寄り、指先でカーテンを軽くめくった。
その瞬間、ビエラが低く唸るような声で尋ねた。
「……外に、何がいるの?」
カルロスはその言葉に振り返りもせず、微かに笑った。
「我らの“祈祷者”たちです」
ビエラが勢いよくカーテンを開ける。
遠く、屋敷を囲むように立ち尽くす黒衣の人影たち。
武器を抜くことも、声を上げることもない。
だが、それだけで──“圧”だった。
それは、組織であり、軍勢であり、狂信だった。
カルロスは窓の外を見ながら言った。
「ご安心を。今日は戦いに来たのではありません」
彼がゆっくりとこちらを向いた。
「ただの警告に過ぎません。お嬢さんが目覚める前なら──我々の治療も、まだ間に合います」
フェレオラが顔を上げた。
「……まだ、その条件で私を脅すつもりか?」
カルロスは静かに微笑んだ。
「脅しなどと。神の慈悲は常に開かれています。ただ、それに見合う“信仰”が必要なだけ。
魔道至上教の名のもと、この町が“祈り”に目覚めれば──お嬢さんは再び歩けるようになるでしょう」
彼は最後に、静かにこう告げた。
「この地は、神の意思を広げるために“選ばれた場”なのです。
信仰は──必ず還るものなのですから」
そう言い残し、カルロスはゆっくりと背を向けた。
扉は開いたままだった。
去った後も、誰も一言も発さなかった。
フェレオラは口を閉じたまま、深く俯いていた。
ビエラは深く息を吐き、私の隣に腰を下ろした。
窓の外はまだ朝の光に包まれていたが──
その日差しは、不思議なほどに“冷たく”感じられた。
数分の沈黙の後、口を開いたのはフェレオラだった。
「……ビエラ」
彼女が振り返る。
フェレ오ラの瞳には、重く沈んだ決意が宿っていた。
それは恐怖ではない。“責任”だった。
「私はこの町の領主であり……この子の父だ。もう逃げられない」
ビエラはゆっくりとうなずいた。
「カルロスは戻ってきます。次は“言葉”ではなく──“行動”でしょう」
彼女の言葉は断言だった。
「……実は、私がここへ来たのは、リアネット嬢の病だけが目的ではなかったんです」
ここまで読んでくれて本当にありがとうございました。
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