19 ルートの分岐点
屋敷に戻った私は混乱している頭を整理するために部屋へと籠った。
私の様子からなにかを察したのか、セシルは珍しくなにも言わずに美味しいお茶を入れて、私がなにかを言う前に私を一人にしてくれた。
いつもは毒舌で本当に私のメイドか!?と思う時は多々あるけれど、こういうときになにも言わなくても察して行動してくれるところは本当に有難いと思う。
なんだかんだ言ってセシルはかなり優秀なメイドなのだ。
セシルの入れてくれたお茶を飲むとほっとして心が落ち着いてきた。
やっぱり王宮は気が休まらないし、屋敷に戻ると安心するんだよね。
前世の記憶はあるけど、もうここが私にとっての家なのだと実感する。
「それにしても婚約か~。」
婚約について考えていなかったわけじゃない。
貴族令嬢として結婚は義務でもあるし、家柄的に王族と婚約したって不思議ではなかった。
むしろシナリオの進行上、誰と婚約すべきか常に考えて行動してきたぐらいだ。
でも前世で結婚しないまま、もっといえば彼氏もできないまま死んでしまった私としては、婚約とか結婚とか言われてもどこか他人事のように感じる。
まあ、それはさておき。今は状況を整理してどう行動するべきか考えることが先決だ。
まず、ゲームのシナリオを思い返してしてみよう。
今の私は婚約に否定的だから勘違いされるかもしれないけど、実はゲームの中の悪役令嬢であるアリシアは、闇の精霊王との契約をきっかけに攻略対象と婚約をする。
つまり、今の状況はシナリオ通りに進んでいるといってもいい。
だったらわざわざ婚約を回避しなくても、シナリオ通りに退場するつもりなら問題ないじゃないかと思われるかもしれない。
婚約が進められているシナリオの強制力に恐ろしさを感じつつも、悪役令嬢の道を突っ走る私としては、ノーマルエンドとバッドエンドに進まなければシナリオ通りになるのはむしろ歓迎すべきことだ。
しかし、ここで問題になるのが誰と婚約をするかだ。
実は全ルートのライバルであるアリシアは、ヒロインがどのルートに進むかによって婚約者が変わるのだ。
つまり、悪役令嬢のアリシアはヒロインが攻略する攻略対象と婚約することになる。隠しキャラは別らしいけど。
このゲームではこんなにも早い段階で攻略するルートが決定する。
もちろん攻略するルートが決まったからといって、他の攻略対象とのイベントがなくなるわけじゃないけど。
今回、まだ正式には決定していないとはいえ、アルフォンス殿下との婚約が決まりそうになっている状況からして、ヒロインがアルフォンス殿下のルートに突入した可能性が高い。いや、既に決定したと言ってもいいかもしれない。
ここでアルフォンス殿下のルートについて簡単に説明しよう。
アルフォンス殿下は王子ということもあり、メインヒーローでもある。
ではなにが問題なのかというと、実はこのゲーム、メインヒーローのルートは好感度を上げるのは比較的簡単なんだけど、なんと珍しいことにハッピーエンドを迎えるのが一番難しいという難易度の高い攻略対象なのだ。
ちょっとでも間違うとノーマルエンドに突入するため、ハードモードかよ!?というメインルートながらその難易度の高さに非難が殺到する変わった仕様のゲームなのだった。
しかしながら、いくら苦情が寄せられようともその後も運営が修正を入れることはなく、アルフォンス殿下を攻略すると他のプレイヤーから称賛を浴びるという謎の現象が起こるようになった。
運営のコメントによると、「恋の障害がある方が燃えるだろうが!」という、なんとも有り難くない持論を掲げ、ロミオとジュリエットじゃあるまいし乙女ゲームになにを求めているんだと私は思わないでもなかったけど、中には共感してアルフォンス殿下推しのプレイヤーも多数いたから需要はあったのだろう。
ちなみに私にこのゲームを勧めてくれたはるちゃんはアルフォンス殿下のルートをクリアした猛者であり、アルフォンス殿下の崇拝者であった。
私がゲームを全く進められなかった原因はこのルートの難易度の高さにもあったけど、諦めて他のルートを攻略できなかったのは、はるちゃんがしつこくアルフォンス殿下を勧めてきたからだ。
乙女ゲーム初心者にいきなりハードモードを攻略させるとは、なんと鬼畜な所業なのか。
そもそも、どうしてこんなにもアルフォンス殿下のルートの難易度が高いのかというと、その理由としては、ライバルである悪役令嬢にある。
先ほども言った通り、このゲームでは攻略対象と悪役令嬢が婚約するため、王子ルートでは悪役令嬢はアルフォンス殿下の婚約者としてヒロインの前に立ちはだかることになる。
つまり、悪役令嬢が王太子妃としての権力を握ることになるのだ。
王太子妃ともなれば、ちょっとやそっとの不祥事は黙認され揉み消されるし、国王が決めた政略結婚なので王子ですら無下にはできない立場を手に入れる。
さらに、ただでさえ悪役令嬢にはブロッサム公爵家という強力な後ろ楯があるのに、このルートでは精霊王の契約者を王族に迎え入れたい国王も悪役令嬢の味方になってしまうのだ。
悪役令嬢単体でも厄介な相手なのに、王子ルートではそのチートっぷりに磨きがかかってしまい、まさにハードモードである。
あれ?乙女ゲームってこんなものだったっけ?他の乙女ゲームをやったことがない私にはよくわからないけど、なんか方向性を間違っているような?
とにかく、王子ルートではハッピーエンドになるのが難しいので、私はできればヒロインには王子ルートに進んで欲しくなかった。
他の攻略対象はわりと簡単だから、わざわざ難しいアルフォンス殿下を攻略する必要はない。
でもそれは、めでたくざまあされて辺境での生活を望む私の都合であって、どの攻略対象のルートに進むのかはヒロイン次第だ。
ゲームの強制力が働いているこの世界では、既にヒロインが誰と結ばれるかが決定している世界線であり、私がいくら足掻こうとも無駄だったのだろう。
所詮私は悪役令嬢。ラスボスとはいえ、ゲームを盛り上げるための脇役でしかないのだから。




