18 国王の思惑
国王陛下の表情に私は不吉なものを感じた。
陛下に対して失礼かもしれないけど。
やがて鋭い視線を和らげた陛下は、ふっと小さく笑う。
「それはすまなかったな公爵。余も少し急いてしまったようだ。公爵家の令嬢で精霊王の契約者ともなれば、王族の婚約者としての資格は十分。王子も婚約に乗り気であるようだったのでな。これ以上にないよい縁談だと思ったのであるが。」
国王陛下はちらりとアルフォンス殿下に一瞬視線を向けてからお父様に視線を戻す。
「公爵が娘を大事にしておることはよく知っておる。無理強いするのも本意ではない。では公爵の言う通り、後日両家で話し合いの場を設けることとしよう。褒美と婚約の話は一旦保留とする。」
とりあえずこの場で婚約が結ばれなかったことに、私はほっと息をついた。
とはいえ、公の場で王族との婚約についての話題が出た以上、状況は相変わらず悪いことに変わりはない。
両方が納得できるような理由が必要になるだろう。
例えば、既に婚約を考えている相手がいるとか。
「下がってよいぞアリシア。」
「はい。失礼いたします。」
陛下から下がるように言葉をかけられて、立ち上がり一礼して元の場所に戻ろうとしたとき、ふとアルフォンス殿下と目があった。
にっこりと誰もが見惚れるような綺麗な顔で笑いかけられたというのに、なぜだか背筋がぞくっと寒くなった。
私はこそこそと逃げるようにその場を後にする。
こうして王宮での謁見は波乱を残したまま終わりを迎えたのだった。
今回は婚約の話とか色々あったので、家族で話し合うため仕事を早めに切り上げたお父様と一緒に帰宅していた。
馬車の中はお父様が難しい顔をしているためとても居心地が悪い。
ぶつぶつと不機嫌そうに、聞き取れない小さな声で国王陛下に対して恨み言を言っているのが分かる。
お父様からすれば陛下に一本とられたような形だから不貞腐れているのだろう。
陛下とお父様は仲が悪いわけじゃないし、付き合いも長いんだけど、親友というより腐れ縁みたいな関係らしい。
国王陛下と腐れ縁ってどういう関係だよって思うけど、まあ身分の高い難しい立場同士色々とあるのだろう。
しばらくぶつぶつ言っていたお父様は一通り文句を言って落ち着いたのか、はあ、と深いため息をついた。
「アリシア。できればお前の望む相手と結ばれて欲しかったが、こうなった以上お前も覚悟しておきなさい。」
お父様の諦めにも近い言葉に、ぎょっとして顔をあげる。
「で、ですがお父様。まだ婚約が決まったわけではございませんし、打診もこれからなのですから、そう判断するのはまだ早いのでは?」
恐る恐る尋ねる私にお父様は自嘲するように小さく笑った。
「公式な場でないならともかく、多数の貴族が集まった前で婚約について言及したのだぞ?しかもご丁寧に後日話し合いを設けることまで口にした。正式な婚約の申し込みをしていないとはいえ、王族が婚約を望んでいることは周知の事実。ここで断ってしまえば、不敬罪にはならずとも、お前になにか問題でもあるのではないかと貴族どもに変に勘繰られることになるだろう。」
うーん。そうか。
私は不敬罪にはならないからまあいいやぐらいの気持ちだったけど、王族の婚約を蹴るのだから、貴族令嬢としては、噂になって今後の婚約話に影響が出るのは望ましくない。
貴族って根拠なんてなくても好き勝手噂する生き物だからなあ。迷惑なことに。
「陛下はそこまで考えてあの場で婚約について言及したのですね。」
なんて汚いんだ。陛下に対して失礼かもしれないけど。
日本人としての感覚が残っているせいか政略結婚というのがどうも受け入れ難い。
国王という立場上、綺麗事だけでは務まらないのだろうことは理解できるけども。
「ですが、外聞さえ気にしなければなんとかなるのでは?」
「そうだ。どうしても断りたいのなら断れる範疇ではある。なんといっても精霊王の契約者なのだ。いくら王族といえども無下にはできまい。貴族とて機会が得られるのだから文句も言うまい。陛下もあの場で簡単に婚約が受け入れられるとは考えていなかったはずだ。」
まだなんとかなりそうな状況に私はほっと息をついた。
しかし、その様子を見たお父様の表情が鋭くなる。
「安心するにはまだ早いぞアリシア。あの場での陛下の一番の目的は婚約ではなく、他の貴族に対する牽制だ。」
「牽制?」
「そうだ。お前は精霊王と契約を結び、婚約を望む貴族も増えることだろう。あの手この手を使ってくるような輩もおるだろうし、煩わしい付き合いも増える。だから陛下はそんな貴族に対し先手を打って釘を差したのだ。王族が婚約を望んでいるとなれば、貴族どもも下手には動けん。陛下に目をつけられたくはないだろうからな。」
そ、そんな思惑もあったなんて。
たしかに婚約の申し込みが増えそうだなとは私も思っていたけど。
「では、陛下は私を守ろうとなさって下さっているのですか?」
「あれで、陛下は小さい時からお前を可愛がっておられたからな。前々から王子の婚約者にとは考えていたはずだ。だからこそ、貴族に対して牽制をし、我が公爵家にも恩を売った。相変わらず抜け目がないことだ。」
お父様は不貞腐れたようにふんっと鼻をならす。
お、お父様。陛下に対して抜け目がないなんて失礼なのでは・・・。
まあ、心の中で言いたい放題だった私が言える立場じゃないんだけど。
ええっと、ここまでを纏めるとつまり国王陛下は、王族からの婚約の申し込みを断りにくくもまだ断れるような微妙な状況を作りつつ、他の貴族に対して牽制しつつ、公爵家に恩まで売ったと・・・。
えぇっ。こわっ!国王陛下こっわ!
たったあれだけの短いやり取りでそこまで想定していたなんて。
国王にもなるとそんなことまでできないといけないんだろうか。
アルフォンス殿下が腹黒キャラになってしまうのも必然だったのかもしれない。
ますます自分が王族になるのは無理だと思う。むしろゲームの中のアリシアこそ王族に合っていたのではと思うほど。性格は悪いけど陰謀は得意そうだもんな。
そんなことを考えてげんなりしているとお父様はさらに私に注意を促した。
「アリシア。陛下もあの場で言っていた通り恐らく無理強いをするつもりはないのだろう。だからこそ、アルフォンス殿下になんとしてでも口説き落とせとでも言っているかもしれん。私はお前の意思を尊重するつもりだ。お前がどうしてもアルフォンス殿下と婚約したくないというのなら、明日からの学園生活では気をつけるのだな。」
「えぇ・・・。」
ただでさえヒロインを虐めることで忙しい私に、なるべく関わりたくなかったアルフォンス殿下にまで注意をしなければならないことに、私は学園に行くのが憂鬱になってしまったのだった。




