81話 青春と都市伝説 ③
世界中から差別をなくす。一見聞こえはすてきである。むしろ、それらのために提唱を促していくべきだと思っている。それこそ、世界平和だということにつながるかもしれないから。
だがしかし、そのために他人が犠牲に遭ってもいいものだろうか。犠牲になってもいい、という人がいるならば、話は別ではあるが――その犠牲になるのが空と洋子。彼らはまだまだ青春を謳歌したい思春期真っただ中の高校生である。
目に見えていた、実験の代償。人の顔が一切なかった。彼らの心はどうなっているのだろうか。実験体として、操られているのだろうか。それとも、その実験自体がすばらしいと思い込んでいるのか。
どちらにせよ、冬野製薬工場前にいる空はそう思わない。右手にはプレゼントの中に仕込まれていたメッセージカード。それを握り潰した。憤りを感じているのは何も空だけではない。大地もである。好きな女の子が誘拐されたのだ。黙って見ていられるほど、大人しい人物ではないのは確かである。
「入れるか?」
「入らないと、カンナたちは助かりませんよ」
「ゴーインにオレが原チャリで突破するってゆー手もあるケド、ヘタすりゃタイホだもんな」
「や、そうでなくとも入れてくれると思いますよ」
果たしてそうなのだろうか、と二人が腕を組んで、どのようにして侵入しようかという思案をしていると、彼らのもとへと一人の男性がやって来た。空はこの男性に見覚えがあった。以前、この工場に侵入した際に事務所にいた事務員である。
「夏斐空様ですね?」
しかも、自分の名前を知られて――いるのは当然か。あの白衣の男のことだ。自分がこちらへとやって来るのは把握済みか。
「お待ちしておりました。先に、事務所の方へと向かわれてください。そして、あなた様が秋島大地様ですね?」
「なんだ? オレは入っちゃいけないってか?」
もし、そうであるならば、強引にでも行かせてもらおうかと殴る気満々のごとく、拳の音を鳴らした。それに事務員は冷や汗を流しながらも「違います」と答える。
「秋島様は夏斐様とではなく、別の場所にご案内致しますので、こちらに……」
「ふぅん?」
すんなりと入れてくれたことに少しばかり感謝しつつ、大地は事務員のあとを着いて行こうとした。だが、その前に空の方を見て「ヘーキだよな?」と気掛けてくる。
「多分、ワナだとは思うケド」
「とんでもないコト、淡々と言いますね。でも、何かされる前に、クソ親父を殴るつもりなので」
「オレもだ。オレのとこは桜が悪党ヅラして待ち構えているコトだろうよ」
どういう勝負かはわからないが、文化祭時でのスリッパオニの復讐戦の可能性だってある。呉羽は結構悔しそうにしていたのだから。
大地は空に背を向けて、歩き出した。自分たちが向かっているのは製薬会社の敷地内ではあるが、工場内でも事務所の方でもない。目先にあるのは小さな物置のような建物。
「階段に気をつけながら中にお進みください」
事務員の案内はここまでのようである。建物の入口を開けて、地下へと続くであろう階段を見せびらかしているのだ。
「…………」
まさか、口止めとして閉じ込めないだろうなという疑いの眼差しをしていると、事務員は「お進みください」と促してくる。
「中で桜様がお待ちしております」
「…………」
それは信じてもいいものだろうか。下で待っているのは呉羽だと言っていた。だが、彼のことである。きっと、嘘である可能性は比較的高い。だとしても、前に進まなければ、話は動けない。洋子たちを助けることは叶わないだろう。
大地はその場で大きく深呼吸をすると、意を決したのか――しっかりとした足取りで階段を下りていった。
◆
事務所の方に行け、と言われた空はそちらの方へとやって来ると、誰もいなかった。まさしくがらんどうという言葉が相応しいだろうが、こんな真昼間から誰もいないとなると、不気味過ぎるのである。
「中に行かなきゃいけないのか?」
しばらくの間、誰かが来るのを待ってみてはいるものの、来る気配はない。代わりに、入場者帳簿の用紙のところに一枚のメッセージカードに気付いた。それを手に取ってみると――。
『この前来た場所に来い』
その一文があった。
行くのには構わないが、どのようなルートを辿っていったとしても、一度は工場内へと入らなければいけないのだ。このまま、入ってもいいものかと不安ながらも歩を進めるしかなかった。
事務所と工場をつなぐ通路を歩く。所々に設置された監視カメラから視線を感じるようだった。
これでも、空は工場内の見取り図をある程度は覚えていた。B5区画だ。以前に洋子から教えてもらった地下へと続く梯子の扉が隠された物置がある場所。
怪訝ながらも、工場内へと入るが、そこには誰もいなかった。いや、機械類が作動すらもしていない。しんと静まり返って、逆に気味悪く思う。
「…………」
この静けさと死角の多いこの場所から顔のない人物がいつ飛び出てきてもおかしくはないだろう。空にとって彼らとの遭遇が一番の恐怖だった。独りではどうにも対処できないのだから。
そうこうしている内に、B5区画にある小さな扉前へと着いた。結局、顔のない人物と遭うこともなく、無事に辿り着けたのだ。
これだから、逆に招待されている側だと改めて思った。もしも、自分がただの侵入者であるならば、工場内には従業員がいて、下手すればこちらの方が警察にお世話になるからである。
「つーか、ケーサツと踊るのはアイツだけだっての」
自分たちが捕まるのは冗談ではないとして、空は地下へと続く梯子を下りる。そして、あの不気味な通路を渡りきった先の部屋には――。
「よく来たな、『我が息子』よ!」
白衣の男に捕まったのか、両手両足を拘束されたカンナが傍らにいた。更に、漫画アニメで主人公の父親が悪役として言いそうな台詞を意気揚々と言うのである。
「さて、選択肢を決めたかな?」
「言っとくが、これは現実だからな。理想で語って、ウマくいく世の中だと思ったら大間違いだ」
「ほう? オレぁ、てっきり『父さんの言いなりにはならない』とか言って、この子の解放しろとか言うと思っていたんだがな」
これは残念だ、と男が肩を竦めるも――予想だにしなかったのか。彼は空に殴られた。上手く状況が把握できずに、意表をつかれた様子で殴ってきた相手を見る。
「なんで殴られたか、わかってないな」
空は大きく息を吐くと、男を殴った拳を強く握りしめた。
「言ったろ。これは現実であって、漫画アニメの世界じゃないって」
テンプレート通りにいくと思ったら、大間違いだ。




