80話 青春と都市伝説 ②
見覚えのある女性――リカの登場に空と大地はたじろいでいた。なぜに彼女がこの場所にいるのか。どのようにしてこちらへと入ってきたのか。疑問だらけ過ぎて、頭が痛くなってきそうである。
二人が困惑していると、彼女は「ごめんなさい」と頭を下げてきた。これにより、更に戸惑いを隠せない。何をどう扱っていいのかがわからなかった。自分たちにはやるべきこと、するべきことが積み重なってきた挙句に、イレギュラー的人物の登場だ。そりゃ、もう思考停止するのも無理はないだろう。
「えっと……さ、桜センパイのお母さんですよね?」
「キミたちはわたしがもう一人の子どもの母親だって知っているでしょう?」
あのとき、こちらを睨むようにして見ていたのは気のせいでも何でもなかった。これで、確定できた。呉羽とカンナは兄妹であるということを。だが、待って欲しい。このような修羅場に続いて、衝撃的事実を本人を通さずして知ってもいいものだろうか。なんて彼らが顔を見合わせていると――。
「空」
ここに来て、カンナの父親と自分の母親が登場してきた。
「ココ、洋子んチなのに」
頭の中が処理しきれないのだろう。大地が苦笑いをしながらそう言ってくる。何もそうしたいのは空も同じである。こんなに立派なお屋敷なのに続々と人が入ってきているのだもの。警備はザルかと言いたいところ。いや、実際は通してもらっているのだろうが。
「全部、彼女から話を聞いた。こんなことをは言いたくないけれども、空のお父さんは――」
カンナの父親がリカの方を一瞥する。それに伴い、彼女は頷いた。
「キミやあの女の子を実験体として、世界中の人たちから差別をなくそうとしているの。なんで、二人なのかというと、ただ単に適性があっただけ」
「…………」
「製薬会社って、結局は人の体に薬が合わないといけないよね? それで、DNAサンプルとして、二人が実験しやすいと結果が出たの。それで、あの人は――」
「ちょっと待ってもらってもいいですか?」
自分たちを狙っていたのには大体想像がつく。しかし、今一つ意味がわからないのが、どうしてリカがそのことをこちらに伝えに来るかである。知っているというのも甚だ不思議でたまらなかった。
空はなぜにリカがそのことを知っているのか問い質した。それに彼女は「それもそうね」と口を開く。
「改めて、わたしは冬野製薬会社の研究員の桜リカって言います。元々、亜貴クン (カンナの父親)と結婚していたんだけど、離婚しちゃって。今はわたしの姉の子どもの呉羽と住んでいるの」
「三春と桜は兄妹じゃなかった?」
「正式上はね。離婚した理由はともかく、わたしの上司であるキミのお父さんと呉羽が出会ったとき、あの人は『世界中から差別をなくしてあげる』と約束したの。それをあの子も夢見てしまって……」
「それで、洋子をずっとクレクレ言ってたのか」
「わたしは夢見ているあの子に何度も間違っていると指摘したわ。危ない研究に加担するのを止めなさいって。でも、言うことを聞いてくれなかった」
「おばさんはあのおっさんにヤメろって言わなかったの?」
確かに世界中から差別をなくす実験を『危ない研究』だと言っていた。それをわかっているのに関わらずだ。見て見ぬふりをしていたと捉えることだってできるのにだ。
珍しく大地が鋭い指摘をすると、リカは首を横に振った。ややあって「できないわ」と今にも泣きそうである。
「離婚して、亡くなった姉の子を引き取って……お金がなかったの。そんなとき、あの人がお金を援助してあげるからって」
「甘いコトバに乗ったんですか?」
「うん……もっとわたしがしっかりしていればの話だった。でも、当時のわたしはそれどころじゃなかったの。家もない、お金もない、頼れる両親もいない状況でどうやってこの子と食べていこうって必死だったの」
「それじゃ、アイツは金のためにおっさんと?」
大地の設問にリカは大きく頷いた。
「それと同時に差別をなくしたいらしいの。貧富差別を」
「ユメあるハナシではあるよな」
「ですよね」
ここでようやく次郎が準備を終えて、二人のところへとやって来た。すでに車は門前に回しているらしい。時間がないから行こうと促してくる。
一応は呉羽とあの白衣の男の関連性はわかった。それに伴い、空と大地が大人三人の横を通り過ぎようとするが――。
「おばさん」
空が足を止めてリカの方を見た。その視線はどの大人たちよりもしっかりとした目である。
「オレたちが行くのはクソ親父と桜センパイを止めるためじゃない。カンナと冬野センパイを助けに行くためですから」
もっともな理由だ。本来、まだ次郎は製薬会社の資料を集めきったわけではない。それ故に、今回乗り込むのは都市伝説に対して終止符を打つためではないのだ。ただ、連れ去られてしまったカンナたちを助けることが二人に課せられた問題である。しかし、それと同時に厄介な都市伝説の案件を片付けられるというならば――。
「だから、そのついでにバカたちを殴ってきます」
喜んで立ち向かおうではないか。これを機に大地はバキバキと手を鳴らした。
「そーだ、人のカノジョを取ろーとしたバツが待ってるもんね」
「オレはアタマがオカシイバカを殴らなきゃ。まだゲーム機の恨みは残ってますし」
「あー、あのコンピュータウィルスにやられたヤツな」
「そのついでのついでにこれまでのお小遣いもせびましょ。逃げられると思ったら、大間違いです」
三人に背を見せながら、二人はその場を後にする。そこに残された大人たち――特にリカは安心したのか、それとも腰が抜けたのか、その場に座り込んだ。
「り、リカ……」
「ごめんなさい。謝って済む話じゃないのに……」
「いえ、そんなことないですよ」
涙目のリカを慰めるようにして、空の母親は優しく肩に手を置いた。
「むしろ、あなたには感謝しています。自分の息子の成長が見られた挙句、また賠償金を責めたて上げられるんですもの」
これまでに、よそ様に迷惑をかけた分として。そう空の母親は笑っているようで、笑っていない表情を見せていた。これに二人は苦笑いするしかなかった。
そうして、カンナの父親――亜貴は「リカ」と手を取る。
「あのときは勢い余ってしまったけど……助けてあげられなくて、ゴメン。何も気付いてあげられなくて、ゴメン」
「ううん。それでも、少しの間だけ、幸せだったから」
嘘ではない。呉羽と二人で過ごした日々は本当の母子のようだったのだから。
「あとは、あの子たちがバカ亭主の目を覚ましてくれることを祈りましょ」




