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青春と都市伝説  作者: 池田 ヒロ
◇冬の事変
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82話 青春と都市伝説 ④

 気味の悪い階段を下りて、大地はようやく案内したの事務員の言っていた『中』とやらにやって来た。この中とはどうも何もない広間のようである。だが、絶対に何もないというわけではない。これは俗にいう揶揄であり、実際には広間の真ん中に呉羽と洋子が彼を待ち詫びていたのだ。


「少し遅かったじゃん」


「……桜ぁ……」


 呉羽の姿を見た大地は途端に眉根を寄せて不機嫌そうにしていた。


「くだらねーコトヤメて、ウチに帰れよ。オマエのかーちゃんが待ってんぞ」


「別にオレにホントの母親なんているワケじゃあるまいし」


「でも、育ててくれたんだろ?」


 たった一回しか見たことはなかったが、母子仲が悪いという印象はなかった。むしろ、仲が良いと言えたほど。呉羽は「そーだな」と肯定しているが、どうでもよさそうな顔付きではある。だからなんだ、とでも言いたげ。


「オレにとっての『親』は秋島が知っている人だ。だけれども、その人がホントの『親』かと言われると、そうではない。所詮は『叔母さん』なのだから」


 わかるか、と悔しそうな表情を大地に向ける。


「実の母親じゃないというコトを知っている事実を。町中で何度も見かけたわ、オマエとホントの家族の仲睦まじい姿を」


「それとこれに何のカンケーが……」


「大ありだ。必ず、自分よりも他人の方が幸せに見える。世の中は理不尽、不条理。いーよな、秋島は。兄弟がいて。いーよな、冬野は。腐るほどのカネを持て余して」


「…………」


「絶対に誰かは自分が持たない何かを持ってる! だから、オレはこの世の中がそんな差別をなくしていくんだ! 世界中の人々こそ、真の平等を持たなければいけない! 不公平なんてコトバをなくせ! 悪くないハナシじゃないか」


 秋島にも言えることだぞ、と呉羽は更に言葉を続けた。


「オマエだって、定期テストはいつも赤点スレスレだろ? それすらもなくなるんだぜ? 必死こいて付け焼刃をしなくても、ベンキョーしなくても、みんな同じ点数だ」


 全員が同じ行動をし、全員が同じ思考を持つ。なんというすばらしい人類の在り方。これこそ、世界平和と謳う人類平等計画。悪いことだとは一切思わない。それで差別や不平等はなくなるのだから。


「ここまで聞いたならば、秋島。オマエもこの計画に加担するだろ?」


 呉羽は大地に手を差し伸べた。それを見て、洋子は「大地さん」と不安そうで、泣きそうな表情を見せていた。彼はこのとてつもない計画に賛同をするのだろうか――。


「しねーよ、バーカ」


 どうでもいい、くだらないとでも言うようにして、誘いを拒否した。差し伸べられたその手に向かって、ほじった鼻クソをつけようとする始末。あと少しのところで、汚い汚物が手に付着するところだった。


「…………」


 大地のその行為に対して、呉羽がこめかみに青筋を立てていると――「ホントバカだな」そう、嘲笑してくる。


「何のためにガッコーに行ってるのか」


「秋島はベンキョーが嫌いじゃねーのかよ」


【ベンキョーしなくてもいーからだ】


 あの言葉を忘れたとは言わせない。きちんと自分だけではなく、空も聞いていたのだから。それとも、あの発言は嘘だというのか。呉羽が下唇を噛んでいると、大地は鼻で笑ってくる。


「キライだよ。なんだったら、オレがそーり大臣になったら、この世からベンキョーというモノを廃止にしたいくらいだ。ま、ムリなハナシではあるケド」


「だったら――!」


「それでも、オレは構わねーと思ってんだよ」


 少しお茶らけた表情から一変して、大地は真顔で見てきた。この表情、見覚えがある。あのときはなんとなく真顔での発言に面白みを感じていたが、今回はそうではない。その表情が大きなものに見えたからだ。


「やれホシューだ、ペナルティだ、追試だ。それがあっても、オレは一向に構わん。そもそも、オレらがガッコーに行っているのって、『青春』を楽しむためじゃねーのか?」


「え」


「人なりの人生があるってな。つーか、知ってる? これ、三春の受け売りなんだけど……『常識とは、十八歳までに身につけた偏見のコレクションである』って、多分どっかのエライ人が言ったんだと思う」


「だからなんだって言うんだよ……」


「その偏見のコレクションこそ『青春』そのモノなんじゃねーの?」


「オレの『青春』とやらはツマラナイってか?」


 卑屈になる呉羽に大地は「そーじゃない」と返す。


「確かに、人に妬みを持っている灰色のセーシュンはツマンナイだろうけどさ、海に遊びに行ったじゃん。夏祭りで賭け事しようとしたじゃん。文化祭でスリッパオニしたじゃん。冬野んチでクリスマスパーティーしたじゃん。少なくとも、桜ってイベント参加しているときって楽しそうだったじゃんか」


「…………」


「桜のかーちゃんとも、楽しい記憶ぐらいあるだろ。あーして仲がいいなら」


 大地はそこまで言うと、自身が履いていたスニーカーを脱いで「やろうぜ」と差してきた。


「いちおー、オレと桜は対決でもするつもりだったんだろ? だったら、オレららしくスリッパ―オニの攻防戦バージョンでもやろうぜ」


「は?」


「おら、早く靴脱げよ。今回の賭けはそうだな、フツーにコーコーセーらしく、勝ったほーがジュース奢りな」


 為すがまま。呉羽は成りゆきで履いていた靴を両方脱いだ。それでも、戸惑いは隠しきれないのか、靴と大地を交互に見ている。彼が脱いだのを見て、頷くと――「洋子」そう、洋子に審判役を頼んだ。


「見切れないと思うかもしれねーけど、頼むわ」


「わかりました」


 洋子自身も戸惑っているらしい。それでも、スリッパオニの審判役を引き受けた。


「桜。文化祭みたく、ガチでやれよ。手加減一切なしでだ」


「…………」


 洋子が「位置について」と合図を上げた。それを機に、二人はスリッパならぬ、自身の少し古びた靴を手に構える。


「用意」


 いつでも準備は万端だ。


「ドンっ!」


 合図と共に、二人は文化祭のとき同様に激しい攻防戦を繰り広げ始めた。彼らの反射神経は相当なものであり、洋子が見ても追い着けなさそうなほど。


 それ以前に、場所が場所なだけあまり楽しめる雰囲気ではなかったのだが、大地は少しばかり楽しそうな表情を浮かべていた。バカスカと音が鳴る中、呉羽の心も少しばかり揺れ動き始めてくる。攻めては防ぎ、攻めては防ぎの靴の音が妙に心地良いからだ。


 そうやって攻防戦を続けていく内に大地が「楽しーだろ?」と声をかけてきた。


 その直後、スパーンッと軽快な音がその場に炸裂した。何が起こったのか、それは二人の攻防戦を見切れそうになかった洋子でもわかった。


 このスリッパオニ攻防戦バージョンを制したのは呉羽だったのだから。自分が負けたことに大地はとてつもなく悔しそうな表情を見せていた。だが、そのような顔も束の間。彼が顔を上げると同時に敵意のない微笑みをしてきたからである。


「いやぁ、サッキーってマジオレより反射しんけーいいのな」


 そう言う大地に呉羽は小さく笑った。


「秋島のカノジョのほーが足速いけどな」

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