78話 プレゼント格闘技 後編
手に汗を握る思いである。コントローラーを強く握っているのに、滑りそうな勢い。それだけ、緊張しているのだろう。負けられない、空は画面を食い入るようにして呉羽の準備を待っていると――「いやぁ」そう、彼が声をかけてきた。
「夏斐も夏斐で強いな。格ゲーって得意なのか?」
「……オレよりもセンパイの方が強いんじゃないですか?一回戦目のとき、フツーに勝ちましたよね」
「いやいやぁ。こう見えて、オレはゲームは不得手だから」
そう言っている割には、慣れた手捌きだったぞ。何度もカウンターを仕掛け、返すのは玄人の技である。空だって、あのカウンター仕掛けと返しは必死にタイミングを考えて、偶然にできた結果であるのに。
「やったね。てか、空ってあーゆー芸当ができたんだね」
二人の間にカンナが割入るようにして、顔を覗かせてくる。彼女はこれまでにおいて、たまに空とゲームをして遊んだり、その友人がやっているのを見たことはあるのだが、ここまで歓声が上がるような戦いを見たのは初めてだったからだ。よく言えば、無難。悪く言えば、素人である。
「ケッコーカツカツ……」
次はないことはわかる。空は呉羽を一瞥した。彼は要領もいいし、頭がいいはず。
さて、どうしたものか。
『Ready――Go!!』
三回戦目の始まりである。空の親指が迷いを見せていると――通常のバトル曲よりも違ってテンションが上がりそうな音楽が流れるようになった。
「あっ」
その理由は簡単。空が操作しているキャラクターが制限時間付きで無敵状態になったから。これより十秒間は攻撃を受けないし、防御すらも無視できるのだ。更には攻撃力も多少上がるのだから、嬉しい話。なんといういい運が巡ってきたのだろう。これは格闘ゲームの神様に感謝しなければ!
――これだぁ!
このゲームがこういう風にしてプログラムされていることに感謝しつつ、空は余裕の表情を見せた。
本当に攻撃を全く受けていない。ヒットポイントのゲージが減っていないし、怯んでもいない。これは最大のチャンスである。できれば、時間内に倒したい。そう思っている空は為す術なし状態の呉羽の操作キャラクターのヒットポイントゲージをガンガンと削っていく。親指が痛くなるぐらいに連打をしていく。指の動きとキャラクターの動きが合わないくらいにガチャガチャと音を立てていた。
早く、早く倒さなければ。自分が呉羽に正攻法で勝てるわけがないのだから。こういう、ボーナスチャンスでしか勝てないのだから。
二回戦目同様の空中コンボ。先ほどと違うところを上げるとするならば、音楽と背景、そして無敵状態を表すキャラクターの表示であろう。
残り三秒を切ったとき、指の動きが早くなった気がする。それでも、キャラクターの動きはこちらに追い着いていない。これが現代のゲームにおける限界か。いや、そうでなくともコンマ一ほどの硬直があるのは当然だ。
問題は無敵状態が終わった後。相手の硬直を解かせるな。ヒットポイントのゲージは残り僅かである。いけ、倒せ。
無敵状態が終わった直後、コンボも途絶えてしまった。あと、一撃ほどのゲージが残っているのに。呉羽が操作するキャラクターはすでに体勢を持ち直しているではないか。今自分が操作しているキャラクターは空中。まだ地に足をつけていない。それが狙いだと言うようにして、仕返しタイムが始まった。
一回戦目と似たようにして、空中コンボを見せつけられた。ボタンを押しても逃げられなくなってしまう。殴り蹴られているのを画面で見ていると、『ガッ、ガッ、ガッ』と聞こえてきそうだった。実際には少しだけリアルな音と共に相手のかけ声が聞こえてきているのだが。
コンボにハマってしまって、気がつけばヒットポイントのゲージが半分以下になっていた。いくらボタンを音立ててやろうにも、そこから抜け出せなくなっていた。全くと言っていいほど動かせないし、硬直状態も直らない。このままでは負けてしまう、カンナにあげる予定であり、回収したいプレゼントを見られてしまうという思いがあってか、泣きそうになる。しかし、ここで泣くわけにもいかないだろう。仮にも自分は高校生である。小学生みたいにして、勝てないから泣くなんてマネは勘弁だ。というか、周りの目が痛いのは当然であるから。
「くのっ!」
なんとかして、自身が操作するキャラクターを動かしたい。その気持ちの表れとして、思わず声が出てしまう。その声漏れを聞いた呉羽は周りに聞こえないように鼻で笑ってきた。だが、それは空の耳にはきちんと入ってきている。
笑いやがったな? 努罵を飛ばしたい気持ちはある。何もできないからコントローラーを投げたい気持ちはある。感情的になりたかったが、隣にいるカンナという理性が自分自身を引き留めていた。これにより、苛立ちは空の心の中へと溜まりに溜まっていく。この場で「こんチクショウメがっ!!」と叫びたい気分。今なら大地の気持ちが嫌にわかる。
「……でも、オレってテレビゲームはあんまりしないけれども、ゲーセンでの格ゲーは得意なんだよな」
これでわかった。妙に呉羽が強い理由が。
現在、二人がしているゲーム自体、元々はゲームセンター用に作られたゲームなのである。あまりにも人気になったがために、こうしてテレビゲームシリーズとして今日まで存在しているのだ。その発言をしたということは、呉羽は相当の玄人。ラッキーさえなければ、勝てない相手だったのだ。
空は半分諦めたようにして、ボタンを押す速度が弱くなってきた。もう勝てないと思ったからであろう。こればかりは分が悪過ぎた。カンナに渡すプレゼントもなくなった。
もう指を離そうかなと思ったときだった。
「ふぇくしょいっ!」
急にカンナがくしゃみをした。その反動として彼女の頭が呉羽の肩に当たってしまう。当たってしまって、彼が操作しているコントローラーの反応リズムが狂ってしまった。
これぞ隙。ようやく、空が操作するキャラクターが動けるようになった。最大のチャンスがこちらに転がり込んできたのだ。勝利の女神が本当に微笑んでいたのは呉羽ではなかったらしい。空に笑みを見せていたのだ。
そう、それはまさしくカンナが勝利の女神として存在するかのように。
このまたとないチャンスを逃してたまるものかとして、空は攻撃態勢に入った。いつでもカウンターのカウンターに入れるようにして、指の配置を忘れずに。
操作するキャラクターの右ストレートが綺麗に相手へと入ったのだった。
『You Win!!』
テレビ画面に映る判定ロゴを見て、空は勝利の雄叫びを上げた。なんとか、カンナの誕生日プレゼントであるバースデー・ベアの奪取に成功したのである。だが、あまりの嬉しさの大声に周りはドン引きだったと言う。




